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智也は雨が好き ⑧
「明日も、雨になーれ!」
「智也!何やっ…そんなところにいたら風邪引くだろ?!」
大学終わりにスーパーへ寄った。夕飯の荷物が入った買い物袋を二つ持つ。今晩はカレーライスだ。デザートにシュークリームを作るからなるべく簡単なものがいいと選んだメニューであった。
スーパーを出ると突然の雨が降っていた。黄色の傘をさしながら歩き、アパートとスーパーのちょうど間にある公園を通る。当然元気よく遊ぶ子供は誰もいなく、鼻歌を歌いながらそのまま帰ろうとすると、ベージュが見えた。彼はスリッパを蹴って遊んでいる。
「あ、桃くん!」
「あ、桃くん…じゃない!マネージャーさんも今度のお仕事は大事なものだって言ってただろ?病院にも行ってきたのか?体冷えたらどうするんだ…」
「行ってきたよ。検査も異常なーし!それに、にわか雨だよ?すぐ止む止む」
智也は薄いパーカーを着ており、細長い足を折り曲げ、水たまりを覗き込んで呑気に笑っている。オレはすぐさま駆け寄って、自分のタオルで彼の顔や髪を拭いた。ベージュの綿菓子から雫が落ちる。
「智也はモデルさんなんだから、体には気をつけないとダメだろ?体を冷やしたら大変だ」
読者モデルからメディア出演する人気モデルとなったのに未だ自覚が湧かないようで、マネージャーさんも手を焼くだろうな…とオレは深くため息をつく。
そんな様子を智也は察したらしい。
「まぁ、大丈夫だよ。これから桃くんとお風呂に入って〜、着替えて〜、スイーツを作りながら夕飯食べて〜…。僕がちゃーんと桃のことを暖めてあげるから安心してよ」
「ひ…っぁ…!」
ふぅ。と耳に息を吹きかけられ、不覚にも声が出てしまう。慌てて口を手で塞ぐが、オレよりも数センチ背の高い彼に抱き締められ逃げられない。その反動で傘が地面に落ちた。
包み込まれ、ほんのりとしたラベンダーと消毒液の香りが彼から匂う。
「本当に桃は耳も弱くなったよね?」
「やだ…、桃…言わないで…。あ、と、それ以上…そこで…しゃべらな…いで…」
「桃、可愛い…。食べちゃいたいくらい好きだよ」
あの頃は考えもしなかった力強くさらに抱き締められる。
「僕がもっともっと甘く、熱く、蕩けさせてあげるから…一緒に帰ろう?」
普段の声よりも低めな甘い声。息を含ませながら話す智也に全身が熱くなってくる。落ちた傘…拾わなきゃ…。
「わ…わかったから…!」
離して欲しいと懇願すれば「仕方が無いな」と残念そうに腕が外され、熱とラベンダーの匂いが離れる。落ちた傘を拾い、二人で一本を使う。
「今日の夕飯は何?」
「カレーだ」
「もう、怒っているの?」
「怒ってない」
「デザートは?」
「……シュークリーム」
「シュークリームか〜。桃買っといてくれた?」
「買ったぞ。なんで桃缶じゃダメなんだ…?」
智也は甘いものの他に果物も好きだ。昔から何故か桃が好きで、お見舞いの品も桃がいいとねだったこともあった。桃缶よりも果物の生の桃。そのこだわりがよく分からず、素朴な疑問をぶつける。
すると、智也は少し考えるフリをしてから笑った。
「桃を剥くのが最高に楽しいから」
「……ふっ、なんだそれ」
肩に腕が回ってくる。彼の重みで躓きそうになったが、転けることはなかった。肩を並べ、帰路を歩く。
ピンク色の頬を摘めるくらい、明るい笑顔をした智也は今日もオレの隣にいる。それが幸せだった。
雨がまた強くなって降ってきた。
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