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智也は雨が好き ⑦
「桃くん…」
どれほど時間が経っただろうか?首元から懐かしい声が聞こえてきて、オレは「何?」と聞き返す。
「これ…、何?」
彼の腕がオレの背中を通り、腰、脚から胸元にやってくる。細長い人差し指が心臓をトンと叩く。他人が触るとゴリッとした感触が不思議に思うんだろう。
「ああ、これは…」
少し離れ、智也と向き合う。自分の腕をシャツに突っ込み、むねの中にあったそれを掴み、智也の前で広げる。それを見て彼は驚くーーよりも凝視すればするほど顔を悩ませていた。眉がピクピク動いているのが面白くて思わず笑ってしまう。
「これ、智也が幼稚園の時にくれたブレスレットを解体して、ネックレスにしたんだ」
オレの手の中にあるのは三つビーズが通してあるネックレス。両端には黄色、真ん中には青のビーズがあった。
智也は覚えていないかもしれないが、オレの家でビーズで遊んでいた時、彼が器用に黄色と青を交互に通したブレスレットをオレにくれたのだった。
「あの時、誕生日だったから嬉しくて…。でも、成長したらはまらなくなって…」
それならネックレスにしようと思い付いたのだった。智也のお見舞いに来る時にはいつもしていき、学校でも目立たないよう鞄にしまい込んである。
「特にほら。この黄色が俺で、青が智也みたいだなって!いつも智也が傍にいて守ってくれているようで…」
「お守り代わりとして使ってたってこと…?」
「そう!それ!」
かなり昔のモノだし、人から見れば気持ちの悪いモノかもしれない。
でも、どれをとっても智也との大事な思い出だった。
そういえば、あの時も雨だった気がする。
窓の外を見ると、収まっていた雨がまたバケツをひっくり返したかのように降っている。
オレは窓へと近付き、ガラス越しから地面を打ち付ける雨の様子を眺めていた。
「うわぁ…どうしよ…。傘あるけど、これじゃあ帰れないじゃん…。智也、もう少しここにいていい?」
「……うん、いいよ」
「梅雨とはいえ、こんなに雨続きだと洗濯物が乾かないよな…」
母さんがいつも姉ちゃんに愚痴をこぼしている。
災難な姉ではあるけど、姉も髪の毛が纏まらないと今朝も怒っていた。
オレは癖毛だから仕方がないけど。
「……桃くん」
「うん?」
「…………好き」
好き?……あっ。
「雨のこと?……そういえば智也、雨が好きだったよな。なんで?」
智也は昔から雨が好きで雨が降ると嬉しそうな顔をしていた。あれはなんだったんだろう。
「"声"が…気持ちいい」
声?雨の音だろうか?
智也はゆっくりとこちらに近付いてくる。
「綺麗で…、可愛い」
綺麗で…?可愛い?
頭の悪いオレにはさっぱり分からないが、頭の良い智也なりの詩的な表現だと思い込んだ。
「二人で一緒にいられるから、好き」
智也の腕が伸び、手が壁に触れた。消毒液の匂いが濃くなる。改めて彼を観察すると、入院続きだったが、やっぱり彼のふわふわとした髪や瞳はとても綺麗なものだった。肌も陶器みたいに滑らかだから元気になったらモデルとかするのかもしれない。
「ともーー」
「僕は雨が好き。けど、鈍感な太陽も好き」
唇に少しかたい、けれど柔らかな何かが触れた。
その先っぽが鼻に当たる。ほんのりとラベンダーの香りがした。
「次にやってくるのは人差し指じゃないよ?薬指も、ね。いっぱい触れたいな…。それまで待ってて」
「ど…どういう…意」
「あ!佐野智也君、また検診サボって〜!日向君が心配するから行こうね」
「じゃあ、僕、行かなきゃ」
唇に触れていた指を広げ、智也は手をにこやかに手を振って看護師さんの所に行ってしまった。
ドッ。ドッ。ドッ。
おかしいな。胸が苦しい…。けど、気持ち良い。
「オレ、変、だ……」
腰を抜かしてその場に座り込んでしまう。いつもと違っていた智也の低くて、少し甘い声にドキドキしているのかもしれない。うん、きっとそうだ。
唇に残る熱と甘い香りのラベンダーの匂いの答えをオレはまだ知らない、ある梅雨の日だった。
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