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智也は雨が好き ⑥
一瞬、何が起こったのか分からなかった。目の前が真っ暗になったと思えば、次に優しいベージュ色の髪が見えた。
オレは駆け寄ってきた智也に抱き締められていた。
「……桃くん、ありがとう」
その声や腕は力の弱いものだったけど、温かいものだった。それとよく知る智也の匂いがする。消毒液の匂いと、仄かに香る甘い匂い。心臓の鼓動が聞こえる。
ああ。智也はここにいるんだと実感した。
「桃くんの願いに気付かなくてごめんね…。僕、間違ってた……」
「ううん、間違ってない……!オレ、…オレが、自分の気持ち、上手く伝えれなかったから…」
「そんなことないよ。僕が…無理やり…桃くんの口を塞いじゃったんだ」
ゆっくりと体が離れた。
「僕は最低最悪な幼馴染だね……。大事な人の気持ちも考えないで…」
「そんなことない……!」
「桃くん、僕を殴って?」
突然のお願いに驚くも、智也はぎゅっと目を閉じてそれを待ちわびている。
オレは智也を殴ることなんて出来ない。だって、大事な人だから。でも、その行動が彼の今後の役に立つのなら。
自分の唇に少しひんやりとした柔らかいものが触れた。
「桃くん!?」
智也はすぐに離れたが、トマトみたいに真っ赤にさせ、頬を…キスされた頬に手を当てていた。
良かった。嫌じゃなかったんだ。その初々しい反応を見て安堵する。
智也のこと、オレは好きだよ…?ずっと昔から。
「……泣いているの?」
言われてはじめて自分が泣いていることに気付いた。オレ、泣き虫なんだな。
「オレ、これ以外にも智也が治ったらしたいことがある。……言いたいことも、ある」
今度はオレが智也を抱き締める。智也の分まで強く抱き締めた。
「さっ…き、のも全…部、本当、だから!智也…と、色んなところに行きたい、色んなことをしたい。一緒に笑って泣きたい…」
「……なんでそんなに桃くんは僕に優しいの?」
「好きだからだよ」
オレは即答した。そこには嘘はなかった。
「智也のこと…好きだから。大好きだから。………さっきのキスが…本当だよ?」
最後の言葉は恥ずかしくて消え入りそうになっていた。
心臓がバクバクする。きっと、智也に聞こえてしまうだろう。
智也は、雨に濡れたオレを明るく照らしてくれたヒーロー。
『桃くんを泣かせるやつは許さない。僕の大好きな桃くんにはいっぱい笑っていて欲しいから』
そんな彼を今度はオレが支えたいんだ。
「まるで、プロポーズみたいだね…」
暫くすると鼻を啜る音が後ろから聞こえてきた。
少し弱くなった外の梅雨の雨音と、智也の声が優しく調和し、とても気持ち良く感じた。
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