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第35話

白石さんがこのショップで働いているなんて知りもしないし、今日は弘樹の付き添いでここに来ただけなのに。どうして、こんなことになっちゃうんだろうって……オレがそう思って何も答えずにいると、白石さんはニヤリと笑ってオレにこう言った。 「お前、今日ずっと俺のこと考えてただろ?」 ……この人は、やっぱり昨日オレが見た白石さんで間違いない。 この表情も、少し低くて甘い声も。 弘樹に笑いかけていた人は知らないけれど、オレはこの白石さんなら知ってるから。 「どうして……オレのこと分かってるのに、それなのにどうして、連絡くれなかったんですか」 白石さんのことを考えて、今日1日無駄に白石さんからの連絡を待って。学校を出る頃には、連絡がないことを寂しく思った……なんて、白石さんには言えない。 でも。 あからさまに表情を暗くして俯いたオレの頭上には、白石さんの大きな手が乗っていて。 「写真、ありがとな。桜の写真もお前の自撮りも、本当はすげぇー嬉しかった」 ポンポンと、優しく白石さんの手が弾む度、オレの髪がふわりと揺れるけれど。揺れているのはオレの髪だけじゃなくて、心も同じだと思った。 早く大きく高鳴る心音と、僅かに熱くなっていく頬。白石さんの言動ひとつで、オレの感情は揺れ動いてしまうのに。 「LINEですぐに返事してやってもよかったんだけど、返事ない方がオレのこと色々と考えるかと思って……計画通りっつーか、予想以上に効果あったみてぇーだな」 「……性格、悪いです」 さっき弘樹に笑いかけていた人だとは思えない人が、今はオレに意地悪く笑っていて。 「まぁ、なんとでも言えよ。俺が性格の良い人間だなんて、お前に言った覚えねぇーし……ってか、さっきのシューズ買ってくれた子ってお前の友達か?」 そう言って微笑む白石さんは、本当に性格が悪いと思う。揶揄われているんだって、遊ばれているんだって……頭のどこかで理解しつつも、オレは白石さんに触れられると安心するみたいで。 「えっと、弘樹はオレの幼馴染みですけど……あの、そんなことより、白石さんはお仕事しなくていいんですか?」 人の心配をする前に、本来ならオレは自分の心配をしなきゃいけないはずなんだけれど。白石さんがこのショップの店員さんだってことを思い出したオレは、白石さんに問い掛けたのに。 「お前ってさ、泊りとか出来んの?」 「え、あの……まぁ、うん」 「今日の21時に、お前ん家の近くのコンビニで待ってろ。親には友達の家に泊まりに行くっつって、独りで出てこい。俺、迎えに行くから」 「へ?」 「星くん、お返事は?」 「いや、えっと……ハイ」 何を言われているのか、突然のこと過ぎて対応できないオレは白石さんに言われるがまま頷いてしまう。 でも、白石さんはいい子だと言ってオレの頭を軽く撫でると他のお客さんのところへと姿を消してしまって。 独り残されたオレは店内をぐるぐると回り、弘樹を見つけ出すと足早にお店を出ることにした。

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