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第54話

出てほしくないような、手っ取り早く用件を伝えたいような、なんとも言えない気分になりながらも俺はスマホを操作して。数回のコール音の後、テンション高く聴こえてくる声に俺は内心ゲンナリする。 『あら、雪夜じゃないの。電話なんて珍しいわね、何の用かしら?』 「ランにしか話せないことがあんだけど、今いいか?」 『時間はたっぷりあるから、遠慮なく話してちょーだい』 電話の相手は、俺がよく行くバーのオーナーでランという名のオカマ野郎。年齢不詳、本名非公開の怪物だが、見た目だけはそれなりに美人。 喋らなければ綺麗なのは光と似ているけれど、ランはきっと誰よりも俺のことに詳しい。そして何より、コイツはゲイだから。 「あんさ……男に抱かれる時って、どんな感じ?」 『貴方まさかっ……女に飽きて、遊びで男も抱こうと思ってるんじゃないでしょうね!?』 単刀直入に、気になっていることを俺はランに訊ねたが……ランのあまりの声のデカさに、俺はスマホを耳から遠ざける。 ……あぁ、やっぱうるせぇーこのオカマ野郎。 ランが煩いことは百も承知だけれど、実際に声を聴くとそれを嫌でも実感して溜め息しか出ない。しかし、そうも言っていられない俺はランの言葉を否定するためもう一度スマホを耳に近づけた。 「いや、遊びじゃねぇーよ。遊びなら、お前にわざわざ連絡しねぇーし」 『あらそう。じゃあ、やっと私を抱いてくれる気になったってことかしら?』 「冗談も大概にしろや、クソ野郎。俺からお前に連絡したってことは、どういうことか……わかってんだろ」 『雪夜、貴方……』 多くを語らずとも、ランはおそらく理解する。 ランが動揺している声を聞き、そう確信した俺は同じ問いをランに投げかける。 「なぁ、どんな感じ?」 『まぁ、いいわ。教えてあげるけど、男同士の恋愛は世の中タブーよ。お互いの周りの人間も、ゲイだと分かれば見方も変わる。興味本位でカラダの関係だけを求めるのなら、女を抱いておきなさい。男同士である以上、自分も相手も一歩間違えば、お互いが傷付いて終わるだけよ』 クソ真面目な返答だが、これが現実だ。 多かれ少なかれ考えてはいたことだけれど、過去に当事者であったヤツからの言葉は重い。 『相手がノンケの子なら尚更、男同士は抵抗がある。私も沢山悩んで傷付いたわ……雪夜、人を愛したことのない貴方に、そんな恋愛ができるかしら?』 全てを見透かされているような、試されているかのような問いに、俺は答えることができない。恋愛がどんなものなのかさえ分からない俺が、躊躇うことなく星の手を取ることなんて不可能だから。 無言のままの俺に、ランは俺の考えが如何に浅かなものなのかを突き付けてきた。 『貴方が初めて愛した相手がたまたま男だったなら、話は変わってくるけれど。それなら尚更、相手の将来まで背負って付き合う覚悟が貴方にある?その相手と一生、添い遂げて生きていく覚悟がないと、雪夜も相手もきっと壊れてしまうわ』

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