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第75話

「はぁ…ん、ン…っ」 角度を変えて、何度も交わる唇。 息を吸うこともできずに、飲み込みきれない唾液が口のはじから零れ落ちていく。 濡れた髪も、服も、冷たいのに。 オレは、オレはそろそろ家に帰らなきゃならないのに。白石さんに縋るように腕を伸ばしてしまうオレは、このまま時が止まってしまえばいいと頭の隅っこで考えてしまう。 「んァ、はぁ…はぁ…」 そんなオレの気持ちとは裏腹に、そっと離れた唇から聞こえてきたのは。 「悪ぃ……今日、お前を帰してやれそうにない」 少しだけ弱々しく呟かれた言葉は、まるでオレを繋ぎ止めるように心にストンと落ちてくる。 力強く抱きしめられているはずなのに、白石さんからは弱さに似た寂しさが感じられて。 好きとか、嫌いとか。 オレはもう、よく分からなくなってしまったけれど……でも、そんなのじゃなくて。 今は、ただ。 離れた唇が、白石さんが、恋しいから。 「……帰らなくても、大丈夫です」 大丈夫なのかは、母さんに聞いてみなくちゃ分からないのに。このまま白石さんを独りにして、オレが家に帰ることなんてできない。 オレは、白石さんの傍にいたい。 ……できることなら、もっと、近くに。 「星」 名を呼んでもらえることが、単純に嬉しい。 今、オレだけを見てくれていることが嬉しくて……オレは、白石さんに抱き着いている手に力を込めていくんだ。これ以上、白石さんから離れないようにすることだけを考えて。 「もっと、して……」 そうして、気づいたらオレは白石さんに強請っていた。何をどうしてほしいのか、そう問われてしまったら詳しく説明できるほどオレの心はしっかりしていないけれど。 キスしてほしいとか、抱き締めてほしいとか。 オレは明確な行動を示せないのに、白石さんの口元はニヤリと笑い、求めたオレの頭を撫でて。 優しく触れられたことに安堵したのも束の間で、座席のリクライニングがゆっくり倒されていく。それと同時に奪われたのは、唇だけではなかった。 「ふぁ…っ、んん」 少しずつ、オレと白石さんの境界線がなくなっていくみたいに。初めてした時は触れ合うだけだったキスが、今ではその形を変えていく。 白石さんに絡め取られてしまう舌の熱さも、交わる吐息も。知らないことだらけの中で、確実に分かることは1つだけだった。 車の中で、2人だけ。 外は急に暗くなり、雨は止まずに降り続く。 「しらっ…ぃ、ぅ…ん」 オレが、白石さんのいいなりだからじゃない。 拒否権がないから、白石さんを拒めないわけじゃない。オレが自ら選択して伸ばす腕は、目の前の存在だけを欲しているから。 もう、きっと。 元のオレには、戻れない。 ………こんなに。 甘くて。 熱くて。 苦しくて。 もどかしい。 刺激を知ったオレのカラダは、白石さんしか求めない。

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