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第74話

頭の上からすっぽりと被さっているのは、おそらく白石さんが着ていたジャケット。ふんわりと白石さんの香りがするそれに包まれてしまったオレは、前も後ろも見えない。 「行くぞ」 「あ、ちょっと……」 それなのに、それだから、なのか。 オレの手は、大きな白石さんの手に掴まれて。 有無を言わさずにオレを立ち上がらせた白石さんは、スタスタと歩き出してしまった。 多分、白石さんは車を駐めた駐車場までの道を歩いているんだろうって……オレはそんなことを思いつつも、後ろから白石さんを早足で追いかける。 被されたジャケットを落とさないように、オレは片手で頭を押さえながら移動するけれど。掴まれているもう一方の手は、離れないようにぎゅっと繋がれているみたいだった。 小降りだったのはほんの数秒で、歩き出したオレと白石さんを打つ雨は本降りになり、オレの足元はみるみるうちに濡れてしまう。 なんとか車まで辿り着くことはできたけれど、その頃にはオレも白石さんもずぶ濡れになって。繋がれていた手は自然と離され、オレは車内へと押し込まれた。 その拍子に車内に落ちてしまったジャケットをオレが拾い上げている間、白石さんは車のエンジンをかけて暖房を入れてくれる。 そんな白石さんの髪からはポタポタと、雨の雫が落ちていた。ふわふわの髪は雨に濡れてしっとりと艶があり、薄いカットソーは身体にぴったりと張り付いている。 「……白石さん、ずぶ濡れです」 「お前も、ソレ意味なかったな」 「オレは、大丈夫です……コレがあったおかげで、濡れなくても済んだから」 頭から腰ら辺まではそんなに濡れてないし、オレは白石さんほどの被害はないから。大丈夫だって言ってみたものの、肌にまとわりつくスキニーと濡れた土で汚れてしまった白いスニーカーは大丈夫だと言えなかった。 「寒くねぇーか?」 「……大丈夫、です」 本当は、少し肌寒いけれど。 どう見てもオレより寒そうな状態の白石さんを前にして、オレが寒いなんて言えないのに。 ぐっと手を引かれて、オレは体勢を崩し白石さんの胸に倒れ込んでしまった。バサリとジャケットが足元に落ちる音がしたけれど、せっかく拾ったのにって思う暇もなく、白石さんはオレの耳元で囁いてきて。 「……嘘、ついてんじゃねぇーよ」 雨に濡れた身体は冷たくなっているはずなのに、倒れ込んで抱きかかえられたオレは白石さんを温かく感じてしまう。 沈黙が始まる合図にみたいに、顎を掴まれ上を向けば、互いの濡れた髪からどちらのものかわからない雨の雫がぽたりと落ちていく。 「んッ、はぁ…」 強引に唇を奪われて、寒く感じていたオレの身体は一瞬で熱を持ってしまったけれど。抵抗する、なんて選択肢はオレの中から完全に抜け落ちていて、オレは白石さんからのキスを受けてしまう。 「しらっ…ん、ぅ」 ……でも、さっきの話が本当なら。 オレが本当に、白石さんの初めての人なら。 オレは───。

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