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第73話

……オレの好きな人は、誰なんだろう。 兄ちゃんには抱かない感情をくれる白石さんは、どうしてオレにキスをするんだろう。このタイミングで、こんな場所で……オレの心は行方不明なのに、触れ合う唇の感覚はオレの頭を溶かしてしまう。 「……星、だけ」 仄かに香る煙草の匂いと、オレからそっと離れた唇。少しだけ掠れた声で呟いた白石さんは、手に持っていた煙草を下に落として踏み潰す。 オレだけって、白石さんはそう言ったけれど。 意味が分からなくて首を傾げたオレを見て、白石さんの瞳が揺れていく。 「だから……お前だけって言ったら、どうすんだよ」 「あの、それはどういうことですか?」 相変わらず距離が近い白石さんにオレが訊ねると、白石さんはオレの肩に頭を乗せてしまって。 「教えて、欲しいんだろ?」 オレがさっき取り乱した質問の答えを教えてくれるらしい白石さんに、オレは反抗することができなくて頷くだけだった。 「可愛いって思うのも、女とか男とか関係ねぇーんだよ。意地悪も、優しくすんのも……俺から人に触れたのは星、お前が初めてだ」 「……ウソ」 「嘘ついても、意味ねぇーだろ」 オレの首筋に触れる白石さんの髪は、ふわふわしていて少しくすぐったい。けれど、そう感じるのは髪が触れている所為だけじゃないんだろうと思う。 「ランの店に連れてったのも、光と優以外ではお前が初めて。俺の家に入ったのは、お前だけだしな……なんなら、俺のベッドで一晩寝たやつなんて今までに誰もいねぇーよ」 嘘じゃなくて、本当の話。 それを裏付けるように、白石さんはオレだけって言ってくれる。くすぐったい感情がじんわりと心の中で広がりを見せる反面、なんで、どうして、と繰り返す言葉は消えてはくれなくて。 「なん、で……」 気持ちが声に出ていたことに、オレは後から気がついたけれど。白石さんはクスッと笑うだけで、その代わりにオレを抱き寄せるから。 心地いいとか、嬉しいとか、恥ずかしいとか。 色々な気持ちが複雑に交差して、オレは伝えたいことがなんなのかさえ分からないのに。 現状に戸惑ってしまうオレは、動くことができずに空を見上げた。 夕焼けを見ることができないくらい、薄暗くなっている空には灰色の雲がいくつも浮かんでいて。しっとりと鼻を掠める湿気の匂いが、オレに嫌な予感を感じさせる。 「あ、あのっ」 「……雨、降ってきやがったな」 オレが感じた予感は、白石さんと同じだった。 溜まった水が溢れ出すみたいに、ぽつりぽつりと落ちてきた雫は一気に量を増していく。 突然のことで対処しきれないオレとは異なり、白石さんはベンチから立ち上がると着ているジャケットを脱ぎ始めてしまって。 「ちょっ……え、白石さんっ!?」 急に目の前が真っ暗になりオレは声を上げるけれど、その原因は白石さんにあるんだってオレはすぐに理解したんだ。

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