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第72話

オレの問いに答えようとしない白石さんは、沈黙のまま舞っていく桜を眺めていて。その後、ジャケットのポケットから煙草を取り出した白石さんは、当たり前のように煙草を咥え口を開く。 「ファーストキスはともかく、優しくされんのは光にいくらでもされてるだろ。それに、お前が好きなのは光のはず……なら、俺が誰と何処でどうしてようとお前には関係ねぇーよ」 ……そうなんだけど、そうじゃない。 名前が付かない感情の正体を、オレは知りたくて堪らないから。白石さんにだけ感じるモヤモヤも、緊張も、不安も、安心感も、ドキドキも、全部。 「……白石さんは、オレが拒否権ない代わりに、全部教えてくれるって、白石さんの全部、教えてくれるって言ったじゃないですかっ!!」 白石さんに突き放されたことがショックだなんて言えなくて、オレには知る権利があるんだって声を張り上げて。 オレは、何が言いたいんだろう。 さっきまで、あんなに幸せだったのに。 美味しいをご飯食べて、ランさんと白石さんと楽しく話をして。 ランさんが白石さんを好きだって知った時、白石さんはオレだけに優しくするわけじゃないと思った。それが当たり前のことなのに、事実を知ったら寂しかった。 白石さんがオレから離れてしまうのが寂しいなんて、どうかしていると思うのに。オレは兄ちゃんが好きなはずなのに、なんで、こんなに。 ……こんなに、苦しいの。 切なくなって唇を噛み締めたオレは、今にも溢れ出しそうな涙を必死になって堪えようとしているのに。 「……お前はさ、俺を煽ってどうしたいワケ?」 オレの頭に回る片手は、白石さんの手で。 コツンとお互いの額が重なり、そうして捉えられたオレは白石さんから逃げられない。 「……煽ってなんか、ないもん」 「なら、なんで真っ赤になってんの?」 「それはっ……」 淡い色の瞳に見つめられて目を逸らすことができないし、白石さんの手でしっかりと押さえられたオレの頭は下を向くことさえ許してはくれなくて。 「星」 頬を赤く染めたオレに追い討ちをかけるみたいにオレの名を呼んだ白石さんは、指でオレの髪を掬うから。外でこんなことしちゃダメだって……距離が近いこと、人がいること、恥ずかしさに耐えきれないこと。 色々なことを白石さんに伝えなきゃと口を開く代わりに、オレはぎゅっと目を瞑る。 「……ここ、公園です」 「知ってる」 重なっていた額がゆっくり離れて、オレの髪を耳に掛けた白石さんがソコに唇を寄せて笑う。 「人、います」 「いねぇーよ」 耳に触れる吐息が心地いいけれど、広い公園には様々な目的でやって来ている人がいるのに。オレの言葉を否定する白石さんは、そんなこと眼中にないらしく。 「オレ、男ですよ」 「だから?」 男女のカップルならまだしも、オレと白石さんは男同士なのに。全くオレの話を聞かない白石さんに、オレが文句を言うため自然と目を開けた瞬間。 「白石さっ、ん…ッ」 甘く、重なった唇は温かくて。 オレはこの時、好きな人を心の中で見失った。

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