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第71話

ランさんに御礼を言って、お店を出た白石さんに連れられ、オレは公園にやって来た。日本庭園風の結構広い土地、その真ん中には池があって、その池を桜が囲うように並んでいる。 お花見やお散歩コースに最適そうな場所で、白石さんは何をするわけでもなく公園のベンチに腰掛けた。 「ここの桜は、まだそんなに散ってねぇーな」 呟いた白石さんの隣りで、オレは少しだけ遠慮しながら白石さんの横にちょこんと座る。 少しずつ暗くなっていく空と、公園のライトに照らされる桜。オレの目に映る風景は、とてもキレイで開放的なのに。 ……何故だかオレは、切なくなってしまうんだ。 このままキレイな景色だけを見つめていたいと思うのは、間違った考えなのかもしれないけれど。オレが今、感じている不安や小さな胸騒ぎには目を瞑りたくて。 モヤモヤした気持ちを振り払うように、オレは白石さんに声を掛けていく。 「……あの、白石さん」 「どーした?」 ……そんなに優しい声色で、オレに問い掛けないで。 心に感じるモヤモヤした感情に、オレはまだ気づきたくないから。優しくされたら、不安定な想いが崩れてしまいそうだから。 「オレ、拒否権ないって白石さんに強制的に連れてこられましたけど、お泊りすごく楽しかったです。えっと、ありがとうございました」 「気にするな、俺が好きでやったことだし。お前が楽しかったなら、そんで充分」 ……だから、やめてってば。 最初は、どうなることかと思った。 拒否権がないのも、泊まりの約束も、2人で料理をしたのも、ランさんのお店に行ったのも、今だってそうなのに。 白石さんと一緒にいると、安心して緊張する。 でも、それは悪い感情じゃないことだけは確かで。 「どうしてっ、どうして白石さんは、オレに色々してくれるんですか?」 悪いようにはされていない実感があるからこそ、ガラリと音を立てて崩れ落ちる想いは止まらない。 確かめちゃいけないって、頭の何処かで思っていた。オレが兄ちゃんの弟だからとか、明確な理由を告げられるのが怖かったから。 それなのに、訊ねてしまった時間は戻せなくて。いつの間にかオレとの距離を詰めていた白石さんは、オレの耳元でこう言ったんだ。 「……お前が、可愛いから」 囁かれた声が甘くて、思わず身を縮めたオレの耳を白石さんにカプッと甘噛みされて。 「…ッ、ここ外っ!!」 「誰も見てねぇーよ」 アタフタして戸惑うオレを見て、白石さんはニヤリと楽しそうに笑うだけだった。そんな白石さんの言動が、オレの心を動かしていることを白石さんは知らない。 ……それが、寂しかった。 「白石さんは可愛い子だったら、誰にでもこんなことするんですか。可愛い人ならっ、き、キスもしちゃうし、昨日みたいに抱き締めたりするんですか」 「……星」 「女でも男でも白石さんには関係ないんですか、可愛ければいいんですか。オレは初めてのキスも、こんなに意地悪されたのも、優しくされたのも、白石さんだけなのにっ!!」 風が吹く、桜はひらひらと散っていった。

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