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第70話

「好きよ……でも、雪夜とどうこうなりたいわけじゃないの。ただ、こうやって雪夜がお店に来てくれて、話が出来るだけで私は充分だわ」 微笑んだランさんの笑顔は、とても綺麗だった。それにつられるように、微笑み返す白石さんの笑顔はどこか切なそうで……ランさんは、実らない感情をしっかりと消化できているんだとオレは思った。 自分がどれだけちっぽけで、無力なのかを痛感させられる。想っているだけじゃダメで、けれど伝えられないこの気持ちをオレはどう扱えばいいのか分からない。 ランさんの気持ちを聞いてしまった今、オレの中での兄ちゃんへの想いがなんなのかすらよく分からなくなってしまって。 結局、オレはランさんの答えに返す言葉が見つからないまま無言を貫いてしまったんだ。けれど、何も言えずに俯いていたオレの頭上に、白石さんの手がぽふっと乗っかってきた。 「コイツの話は真剣に聞くだけムダだから、お前が考え過ぎる必要はねぇーよ……それより、満足できたか?」 優しく声を掛けてくれた白石さんに促されるようにして、オレはこくりと頷く。 「最初は白石さんにオカマ野郎の店って聞いて、本当はちょっと不安だったんです……でも、白石さんに連れて来てもらえて今日は色々と勉強になりました」 漠然としている夢に、少しだけ近づけたような感覚。これから学校で学ばなければならないことは沢山あるけれど、言葉にできない大切な気持ちを教えてもらえたような気がする。 「ランさんはキレイでとってもステキなお姉さんで、料理もすっごく美味しくて……オレ、ランさんに会えて良かったなって思うから」 良い意味で衝撃的なことがいっぱいあったように思うオレは、素直な思いを口にした。 そんなオレの頭をくしゃりと撫でた白石さん手は、オレの頭上から離れていってしまうけれど。 「私も、星ちゃんに会えて良かったわ。星ちゃん、またいつでもいらっしゃいね」 今度はそう言ったランさんが、オレの頭をふわりと撫でてくれてて。照れくさく感じつつも、オレが頬を緩ませた瞬間。 「ラン、触んな」 ランさんの手を振り払った白石さんは、ご機嫌斜めでそっぽを向いて。 「雪夜、いくら星ちゃんが可愛いからって独り占めするのはよくないわ。こんなに可愛いんですもの、少しは私にもわけてちょーだい」 「うっせぇーよ、連れて来てやっただけありがたく思え」 「相変わらずの性格の悪さね。私にそんな偉そうな態度、とっていいのかしら?」 オレを挟んで、軽い口論を始めた2人にオレは戸惑うばかりだ。 ランさんは白石さんの煙草の箱を取り上げて笑っているし、白石さんは煙草の箱をランさんから乱暴に奪い取っているし。 「ったく、これだからオカマ野郎は嫌なんだよ」 「本当に、貴方は昔から変わらないわね」 仲が良いのか、悪いのか。 よく分からない2人の狭間で、オレが微かに感じ取れたのは両者からの優しさだったから。オレはランさんと白石さんのやり取りを聞きながら、この人たちは兄弟みたいだなって勝手なことを思っていた。

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