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第122話

俺の言葉にぐっと唇を強く噛み締めた弘樹は、俺から視線を逸らして口篭る。その表情は負けを確信した証拠でもあるのだが、それでも何か言いたげに弘樹は眉を寄せていて。 「セイはッ、アイツは、自分のことよりも相手を1番に考えられるヤツなんです。すげぇ純粋で、可愛くて……もしッ、アンタが遊びであんなことしてるならやめてくれ。セイを、これ以上傷つけないでくれ!!」 逸らされていた視線が、今度は確実に俺を捕らえていた。噛み締めた唇から薄らと血を滲ませ、誠心誠意の言葉が告げられる。 星を大事に想うコイツの気持ちだけは、俺と変わらないらしい。俺がいつ、アイツを傷つけたことになったのかは知らないが……遊びだったのはほんの数時間足らずで、俺はもうすっかり星に溺れている。 恋は、溺れるものなのだろう。 初めてその感覚を味わあせてくれた星を、淡い想いを教えたくれたアイツを、俺が傷つけることは許されない。こんなクソガキに言われずとも、そんなことは百も承知だから。 「知ってる。アイツは産まれて初めて、俺が惚れた相手だ。遊びなんて軽い気持ちで手、出してねぇーんだよ」 こっちの気も知らず、一丁前に男気を見せた弘樹。そんな相手を前にして黙っていられるほど、俺は大人じゃない。今日素性を知った弘樹に、打ち明けていい想いでないことは分かっている。 けれど。 その強い眼差しと揺るがない意志に、俺は応えてやりたかった。 「惚れたって……アンタが、セイを?」 「そう。文句ある?」 マジかよ、と。 顔に書いてある弘樹の表情が、俺の手元から漂う紫煙で隠れていく。 文句を言わせる気は更々ないが、先ほどより落ち着いた様子で首を傾げた弘樹は、コーラに浸かったストローをくるくると回し始めた。 「なんでセイはアンタは良くて、俺は駄目なんッスか。そりゃ、アンタは見た目すげぇカッコイイし、大人だし、俺だってショップで会った時にアンタに憧れた。アンタみたいな大人になれたらなって、思ったくらいなのに」 俺が本気で星に惚れていることが、どうやら弘樹には伝わったらしい。惚れられている当の本人はなかなか信用してはくれなかったが、星に惚れた者同士だからなのか、弘樹は妙に幼い顔をして独り言のように言葉を紡ぐ。 「セイは人見知りで、最初は全然喋らなくて。でも本当はお喋りで、前髪上げると真っ黒な瞳で見つめてくれて……あの瞳が、すっげぇ可愛いんッスよ」 大切に閉まっておいた宝箱の蓋を、ゆっくりと開けていくように。恋に落ちたその日に触れ、儚く微笑む弘樹。 「人形っていじめられてたのだって、セイの可愛さに気づいた1人の女の子が、自分より可愛いセイに嫉妬して言い始めたんです。セイは何も言わないから、そのうちにどんどん広まっていって」 そう話す弘樹は、俺が知らない星の過去を語る。その辺に転がっている女より愛らしい容姿をしているアイツが、嫉妬の標的になるのは仕方のないことだったのかもしれない。 それでも、星が自分より他者を優先していたのは今も昔も変わりないのだろう。何も言えなかったのではなく、何も言わなかったに違いない。

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