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第123話

自分が黙ってさえいれば、他の誰かがターゲットになることはない。大人しい性格の裏では、そんな小さな優しさがあったと弘樹は話していく。 「でも独りになっていくセイに、俺は心の何処かで安心してた。俺だけのセイでいてくれる気がしてたから……俺、最低ッスね」 一度溢れ出したら、止まることのない独占欲。 幼いながらにその感情に気づいた弘樹は、良いヤツのフリをして星の傍にいたのだと、己の行いを見直して落ち込んでいくけれど。 「俺、本当はどさくさ紛れでセイに告白したんッスよ。でもアイツ、俺の話全く聞いてなくて。キスマのことも、これはただの内出血だからキスマークじゃないとか言い始めるし。俺も付けたいって言ったら、ムリっつって即答するし」 誰も話せなどと言ってはいないのだが、過去の話から今日の星との会話まで詳しく語る弘樹の体勢が、段々とテーブルに近づき、そして。 「……セイには返事、まだいらないからって。俺だけを見てもらえるようにって、カッコつけて。結果なんて、なんとなく分かってんだけど……それでも俺は、アイツが好きだから、諦めることが、できねぇ……」 見事に突っ伏した弘樹は、俺ではなくテーブルに向かいブツブツと念仏を唱えていた。 真っ直ぐ過ぎる弘樹の想いが、俺には少し眩しく見える。それが喩え実らない恋心だとしても、頭をもたげて唸っている無様な姿だとしても。長年、その想いを内に秘めてきた弘樹を俺が嘲笑うことはできない。 残念ながら俺は、綺麗な恋愛をしたことがないから。愛なんてない、身体だけの関係ばかりだったから。俺はつい最近、星に出逢って……初恋というものを、知ったばかりの人間だ。 正直、弘樹の淡い恋心を受けいられるほどの余裕は持ち合わせていない。けれど、こんな俺でも伝えてやれることはあるだろうと。 煙草を灰皿に押し付け、二本になった吸殻を視界に入れつつ俺は口を開いた。 「弘樹、とりあえず顔上げろ」 生気が抜け、そのうちミイラにでもなりそうな弘樹に声を掛けると、弘樹は無言で顔だけを持ち上げる。そして顎をテーブルに付けたまま、視線のみを俺に向けてきた。 「俺から諦めろとは言わねぇー、俺がどうこう言える問題じゃないしな。お前の想いを星に伝えるのも、ソレはお前の好きなようにすればいい」 「いや、でもっ」 諦める必要はない、と。 そう言ってやった途端、テーブルから生えていた弘樹の顔面は引っこ抜かれ、肩や胸が露になるけれど。 肝心なことを伝え忘れた俺は、あたかも弘樹が起き上がるのを待っていたかのように、一呼吸間をおいてからこう言った。 「……ただし、お前からアイツに触れるのは禁止だ。この条件さえ満たすことができるなら、お前が星にナニを言おうと、告白しようと、俺は構わねぇーよ」 欲しいものは、どんな手を使ってでも掴み取る。 一度諦めてしまうと、チャンスなんてもんは永遠に来なくなる。だから、弘樹が納得できる結末を迎えられるまでは、無理に諦める必要はない。 ……全力で奪いにこい、弘樹。

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