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第6話

オレにないものを、産まれながらに持っている弘樹が羨ましくて。ちっぽけな自分が、ちょっぴり情けなくて。 少しだけ、しょんぼりしながら弘樹の隣を歩いていたオレは、弘樹を見上げて小さく呟く。 「いいなぁ」 無い物ねだりでそう洩らしたオレに、弘樹は一瞬、困ったような表情をしたけれど。 「……セイ、そんな顔して他の男に近づくなよ」 弘樹から言われた言葉の意味がよく分からないオレは、自分がどんな表情をしていたのか気になってしまって。 「そんな顔って、どんな顔なの。オレ、そんなに変な顔してる?」 「あぁ、ごめん。そういう意味で言ったわけじゃないから」 「じゃあ、どういう意味?」 弘樹に問えば問うほど、どんどん意味が分からなくなり、オレは首を傾げて弘樹を見つめ、オレが納得できる回答を弘樹から聞けるときをうかがうけれど。 ポリポリと右手の人差し指で頭を掻く仕草を見せた弘樹は、大きく息を吐いたあとに声をだした。 「他のやつらには、可愛い顔して潤んだ瞳で見つめるなってこと」 「へ?」 納得するどころか、更に深まった疑問を抱えて。これ以上、弘樹に問いを投げてもオレが望む答えは出てこないと感じたオレは、やっぱり今日の弘樹はらしくないなって思いつつ歩みを進めた。 そして。 「セイ、また明日。俺、迎えに来るから」 気がついたら、弘樹はオレの家の前で足を止めていた。当たり前のように、それが至極当然のように、明日の迎えの約束が交わされて。 「うん、また明日ね」 そう言ってオレは弘樹と別れ、家の扉を開けた。 「ただいま」 誰に言うわけでもなく習慣になった言葉を声にだしたオレは、弘樹と別れた際の約束も、今の感覚に近いものだったのかもしれないと感じながら靴を脱いでいくけれど。 視線の先に止まったのは、真新しそうなスポーツブランドの黒いスニーカーだった。 ……この時に、オレはちゃんと考えて気がつけばよかったんだ。 その靴が、兄ちゃんの靴のサイズより大きかったことに。父さんは仕事で、母さんもパートで家を留守にしていて。普段兄ちゃんが履いている靴がなくて、代わりに家族以外の人間が、この家にいたことに。 でも、今日の弘樹のおかしな様子に気を取られていたオレは、深く考えずに階段を登り、自分の部屋へと向かってしまったんだ。 そうして、オレが再び違和感を覚えたのはオレの部屋の前に着いたとき。普段は匂うことのない甘い香りがして、けれど、それは兄ちゃんがオレの部屋でアロマを炊いているんだと思い込んで。 入学のお祝いで親戚の人から頂いたナミダ形の加湿器。その中にアロマオイルを数摘たらせば、蒸気と一緒にアロマオイルの香りが漂うから。 その加湿器がお気に入りの兄ちゃんが、オレの部屋に勝手に入って寛いでいるんだろうと……そんなこと考えながら、オレは自分の部屋の扉を開ける。 「……っ!?」 そしてオレは、何も疑うことなく扉を開けた数秒前の自分の行動を酷く後悔した。 だって、オレの部屋にいたのは兄ちゃんじゃなくて。見ず知らずの、男の人だったんだから。
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