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第76話

「はぁ…ん、ン…っ」 角度を変えて、何度も交わる唇。 息を吸うこともできずに、飲み込みきれない唾液が口の端から零れ落ちていく。 濡れた髪も、服も、冷たいのに。 オレは、オレはそろそろ家に帰らなきゃならないのに。白石さんに縋るように腕を伸ばしてしまうオレは、このまま時が止まってしまえばいいと頭の隅っこで考えてしまう。 「んァ、はぁ…ッ」 そんなオレの気持ちとは裏腹に、そっと離れた唇から聞こえてきたのは。 「わりぃ……今日、お前を帰してやれそうにない」 少しだけ弱々しく呟かれた言葉は、まるでオレを繋ぎ止めるように心にストンと落ちてくる。 力強く抱きしめられているはずなのに、白石さんからは弱さに似た寂しさが感じられて。 好きとか、嫌いとか。 オレはもう、よく分からなくなってしまったけれど……でも、そんなのじゃなくて。 今は、ただ。 離れた唇が、白石さんが、恋しいから。 「……帰らなくても、大丈夫です」 大丈夫なのかは、母さんに聞いてみなくちゃ分からないのに。このまま白石さんを独りにして、オレが家に帰ることなんてできない。 オレは、白石さんの側にいたい。 ……できることなら、もっと、近くに。 「星」 名を呼んでもらえることが、単純に嬉しい。 今、オレだけを見てくれていることが嬉しくて……オレは、白石さんに抱きついている手に力を込めていくんだ。これ以上、白石さんから離れないようにすることだけを考えて。 「もっと、して……」 そうして、気づいたらオレは白石さんに強請っていた。何をどうしてほしいのか、そう問われてしまったら詳しく説明できるほど、オレの心はしっかりしていないけれど。 キスしてほしいとか、抱きしめてほしいとか。 オレは明確な行動を示せないのに、白石さんの口元はニヤリと笑い、求めたオレの頭を撫でて。 優しく触れられたことに安堵したのも束の間で、座席のリクライニングがゆっくり倒されていく。それと同時に奪われたのは、唇だけではなかった。 「ふぁ…っ、んん」 少しずつ、オレと白石さんの境界線がなくなっていくみたいに。初めてしたときは触れ合うだけだったキスが、今ではその形を変えていく。 白石さんに絡め取られてしまう舌の熱さも、交わる吐息も。知らないことだらけの中で、確実に分かることは一つだけだった。 車の中で、二人だけ。 外は急に暗くなり、雨は止まずに降り続く。 「しらっ…ぃ、ぅ…ん」 オレが、白石さんのいいなりだからじゃない。 拒否権がないから、白石さんを拒めないわけじゃない。オレが自ら選択して伸ばす腕は、目の前の存在だけを欲しているから。 もう、きっと。 元のオレには、戻れない。 ………こんなに。 甘くて。 熱くて。 苦しくて。 もどかしい。 刺激を知ったオレの身体は、白石さんしか求めない。

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