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第77話
「……これ以上してたら、風邪引くな」
白石さんはそう言ってオレからそっと離れると、本当に良いのかとオレに聞く。
コクンと頷いたオレに、親にはちゃんと連絡入れとけよって……白石さんはオレに忠告だけをして、ゆっくりと車を出した。
駐車場に駐っていた車は、白石さんが運転する一台だけだった。公園に来たときはチラホラあったはずの車がすべてなくなっていることに、オレは安堵すればいいのか分からないけれど。
公園の横を車が通過する間、車内から外を見つめたオレは切なさに襲われる。車の窓ガラスに張り付くいくつもの水滴が邪魔をして、公園の桜は滲んでしまうから。
淡いピンク色の花びらが雨に濡れ、風に吹かれて……この雨が止むころにはきっと、オレと白石さんが見た景色はなくなっているんだろうと思うと、オレはただただ悲しかった。
今がウソになってしまうような、そんな小さくて大きい不安感。今まで抱いたことのなかった気持ちに、急速な心の変化に、オレは戸惑いを隠せない。
弘樹の家に2日連続で泊まることはほとんどないけれど、オレは母さんに今日も泊まりになったことをLINEで報告する。
……母さん、ごめんね。
親に嘘をついてまで、オレは白石さんと一緒にいたいみたいだから。複雑な想いを抱え、オレは母さんからの返信を待った。
普段は休息しか与えてもらえないワイパーが、今は急かされるように必死で動いている。雨が降っていることで仕事を得たワイパーだけれど、それが良いのか悪いのか判断する人間なんて誰もいないんだろうと思った。
オレが白石さんの側にいたいと思うことも、家に帰らない選択をしたことも。善悪の区別をつけている暇はないし、そんな余裕もない。
今はただ、目の前のワイパーのように心が必死で動いている感じがするだけで……数分、数秒、ほんの少しだけ先の未来を考えるだけで怖くなっていく。
見たいようで見たくないLINEの画面は開いたまま、そのうち液晶の明かりが消えてソレは真っ黒になってしまうから。
もしも親の許可が取れなかったら、オレはどうするつもりなんだろうとか。母さんは、オレからの連絡に気づいているのだろうかとか。
先のことを考えると不安だらけで、オレは結果を知るのがとても怖いのに。それでも止めることのできない想いは、白石さんだけに向いている。
オレだけだって、そう言ってくれた白石さんの言葉も、声も、表情も、何もかもが鮮明にオレの頭の中を埋め尽くして消えないから。
真横にいるのに、どこか遠く感じる白石さんに少しでも近づきたくて、オレが手に持っているスマホを握り締めたとき。
弘樹の両親が迷惑じゃなければ、泊まっても構わないと母さんからLINEがきた。その通知を確認したオレがとても安堵したことは、言わずもがなだろうけれど。
雨の音とワイパーの音が響くだけの車内は、なんとも言えない重たい空気に包まれたままで。白石さんの煙草の煙りと甘い香りが漂う空間で、オレたちはお互いにずっと無言を貫いていた。
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