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第92話

コンビニからトボトボと歩いて家に帰ると、母さんと父さんは出掛けていて家にはいなかった。 日曜日だから、二人で買い物にでも行ったのかなって、相変わらず仲のいい夫婦だなぁ……なんて。ぼんやり考えながらリビングの扉を開けたオレを待っていたのは、兄ちゃんだった。 「ただいま、兄ちゃん」 四人がけのダイニングテーブル、そのひとつの席に座っていた兄ちゃんが、オレの方を見て立ち上がる。そのとき、兄ちゃんの顔から笑顔が消えたような気がしたけれど。 「……お帰り、待ってたよ」 兄ちゃんはそう言って、にっこりと微笑むとオレの荷物が入ったリュックを持ってくれた。 「せい、2泊3日でどこ行ってたの?」 「え、えっと……弘樹ん家、だよ」 「ふーん、そっか」 なんだか空気が重く感じるのは、オレが兄ちゃんにウソをついているからなんだろうか。帰ってきたときに感じた違和感が、徐々に大きくなっていくみたいに。段々と兄ちゃんの声色が低くなっている気がするのは、気のせいじゃないと思う。 ……だって。 「せい、俺に嘘はいけないよ?」 「痛ッ……兄ちゃんっ、痛い!」 ダイニングテーブルの上に無造作に置かれたオレのリュック、笑顔だったはずの兄ちゃんはオレの手首を強く掴んで離してはくれない。 「せーい、良い子だからホントのコト教えて?」 初めて聞く、低い声。 普段は怒ることのない兄ちゃんの怒りが、今はどうやらオレに向いているらしい。 ……でも、この人。 本当に、オレの兄ちゃんなんだろうか。 聞いたことのない声と、オレを見る冷たい視線。 「あの、本当に弘樹ん家だから……」 恐る恐る、そう答えたオレの腕を、兄ちゃんは更にぎゅっと強く握る。抵抗しようと動きたくても、兄ちゃんの力は思ってた以上に強かった。 「兄ちゃんっ!痛いっ……」 「せいはいつから、こんなに悪い子になったの?」 兄ちゃんはそう言うと、掴んだ腕を離さずにオレをソファーへと押し倒す。 「ッ、兄ちゃんっ!!」 切れ長の瞳が、じっとオレのことを見つめている。それは、まるで心の中を覗き込まれているみたいで。オレは兄ちゃんから視線を逸らし、ぎゅっと目を瞑った。 「……ユキと、どうやって知り合った」 兄ちゃんの低い声で呼ばれた名前を、オレは知らない。オレが一緒にいたのは白石さんだけだし、オレが泊まっていたのも、白石さんのお家だから。 「ユキって誰ッ……オレ、わかんないよ!!」 オレは必死に抵抗するしかなくて、けれど、やっぱり兄ちゃんの力は強くてビクともしない。 「……白石雪夜と何処で知り合って、どういう経緯で首にキスマ付けられてんのか、俺に説明しろって言ってんの」 「ッ……」 兄ちゃんのその言葉で、閉じていた瞼を見開くことになったオレは絶句する。兄ちゃんは、オレが見たことのない笑みを浮かべていて。ニヤリと微笑み、オレの名前を呼んだ。 「せい」 オレが知っている兄ちゃんは、どこにもいなかった。

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