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第91話

バカと言われて嬉しいと感じる、こんな気持ちは初めてだけれど。よくよく考えてみると、オレの頭はおかしいんじゃないかと思う。 白石さんだから許せる、とか。 白石さんが大丈夫だって言うから大丈夫、とか。 このたった数日間で、オレの脳内は白石さんで埋め尽くされてしまっているんだ。 でも、不思議とそれが嫌じゃなくて。 家に帰る支度をする方が寂しく感じて、白石さんのお家から出るときには本当に切なく感じてしまった。 知っているようで、知らない、白石さんのこと。知らないようで、意外と知ってる、白石さんのこと。 オレは、これからも白石さんのことを知りたいと思うんだろう。かっこよくて、優しくて、時々、意地悪で……そんな白石さんのことを、オレは、オレは。 ……知って、どうするんだろう。 また会ってくれる保証なんてないのに、そんな約束を交わしてもいないのに。心がぎゅっと切なくなっていくのを感じて、オレは溜め息を吐いてしまう。 確実にオレの家へと向かう車、昨日のことがウソのように今日の空は晴れている。煙草を吸いながら面倒くさそうに片手で運転する白石さんの横顔は、なんだか少しだけ疲れている気がして。 オレがベッドを取っちゃったから疲れがとれてないのかな、とか。朝食のサンドウィッチを作るのが大変だったのかな、とか……オレが一人で後悔している間に、車はもう家の近くまで辿り着きそうだった。 言いたいことはたくさんあるのに、言葉にできない矛盾が辛い。沈黙が苦しいとは感じないものの、やっぱり名残惜しい気分は否めないから。 白石さんが最初に待ち合わせをしたコンビニに車を駐めたとき、オレは今だと思って声をだしてみた。 「白石さん……あの、色々とありがとうございました。えっと、迷惑じゃなければ、また料理教えてください」 恥ずかしいから、少しだけ早口で。 オレはぺこりとお辞儀をして、白石さんからの返答を待たずにそそくさと車から降りようとしたんだけれど。 「……うわっ」 オレは白石さんに、抱き寄せられてしまった。 「星、忘れ物」 「ッ…」 一瞬の出来事で、オレには何が起こっているのかよく分からない。でも、耳にかかった吐息も、首筋に触れた唇も、白石さんので間違いはなくて。 「近いうちに連絡入れるようにすっから、ちゃんといい子にして待ってろよ」 ニヤリと緩んだ口元から、甘い表情から、目を離せない。疲れてるのではないかと、本気で心配したオレの心を返してほしいのに。 「……ワカリ、マシタ」 オレがそう言うと、白石さんはオレの頭を撫で、今度はちゃんと車から降ろしてくれた。 「あっ、ありがとうございました」 車から少し離れたところで、オレは白石さんの車がコンビニの駐車場から出ていくまで小さく手を振った。 けれど、オレが呑気に手を振っていたその間に、オレと白石さんのやり取りを目撃していた人物がいたことなんて、このときのオレには想像もつかなかったんだ。

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