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第90話
複雑に絡まる感情まで、呑み込んでしまえそうなくらい……白石さんが作ってくれたサンドウィッチは、本当に美味しかったから。
朝食を綺麗に完食したオレは、甘めのカフェオレをゆっくりと飲み干していく。
オレの身体に、心に、沁み渡っていくカフェオレは、まるでオレの安定剤かのようで。少しずつ、ゆとりを持たせてくれるカフェオレにオレは小さく感謝した。
そんなオレの隣で、白石さんは優雅にコーヒーを飲んでいる。長い脚を組んで、ゆらゆらと揺れる紫煙を纏って……ほろ苦い香りが漂うマグカップに口付ける白石さんは、やっぱり、かっこいいと思った。
だから、なんだろうか。
オレの手は無意識のうちに、白石さんの髪にそっと触れていた。
「気持ちいい」
細くて柔らかな白石さんの髪は触り心地が良くて、オレは白石さんの髪で遊び始めてしまう。襟足の髪をくるくると指に巻き付けてみたり、手で髪を梳かしてみたり。ぬいぐるみで遊ぶ感覚でオレが白石さんの髪と戯れていても、白石さんは怒ることなく、ボーッとどこか一点を見つめているような気がしていたけれど。
「……俺の髪なら、お前は自分から触れてくんだな」
「んっ…」
動かないと思っていた……いや、オレが勝手にそう思い込んでいた白石さんが動き出し、オレはそんな白石さんに捕まって。クスッと笑った白石さんは、オレの唇にキスをして、力強く抱きしめてくれる。
……どうして、こんなに幸せだって思うんだろう。
小さな疑問が大きな悩みに変わってしまう前に、曖昧な気持ちに決着をつける前に。時間を掛けてオレはオレの気持ちと向き合うべきなんだろうけれど、そうも言ってはいられない帰宅時間が迫っていることに、オレも白石さんも気づいている。
けれど、一度こうして温もりに触れてしまうと、離れるのが惜しく感じてしまうんだ。
「お前のこと、帰したくねぇーな」
ボソリとオレの頭上から降ってきた白石さんの言葉が、嬉しいと感じてしまうくらいに。寂しさがやってきているのは事実だし、オレもできることなら帰りたくないなって思ってしまう。
でも、オレはそれを口にすることができない。
散々甘えさせてもらったこともあるけれど、明日からは学校があるし、それに今日の午後から白石さんはバイトがあるって言っていたから。
夢のような安らぎの時間を手放すのは勇気がいるけれど、オレが自らその安らぎを手放す選択をせずとも、時間が勝手にオレと白石さんを引き離すんだろう。
今は抱きしめてもらっていても、離れてしまったら次にまた抱きしめてもらえるのかは分からない。
そもそも、オレには拒否権がないんだから、白石さんに会うのだって、白石さんの気分次第で変わってしまうんじゃ……って、考えたらキリがなくなって、オレは白石さんにぎゅっと抱きついた。
「あー、もう……本当に、帰せなくなんだろ。可愛いことしやがって、バカ」
悪態を吐きつつも、それが本心じゃないことくらい白石さんの表情や態度を見ればすぐに分かる。オレのおデコに落とされた柔らかなキスも、優しい笑顔も。
白石さんになら、バカって言われても嬉しいんだ。
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