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第94話
恐怖でぎゅっと目を瞑った瞬間、聞こえてきたのは白石さんの声だったんだ。きっと、オレが白石さんを求めすぎて幻聴が聞こえたんだって。
オレはそう思ったけれど、白石さんの声に反応して、呪いが解けたように兄ちゃんから力が抜けていく。
「……せい、ごめん。怖い思い、させちゃったね」
兄ちゃんは優しくオレにそう言うと、そっと手を離してくれた。恐くて、なにがなんだか分からなくて。そんなときに聞こえてきた、白石さんの声……は、どうやら幻聴ではなかったようで。
「星、もう大丈夫だから」
ゆっくり瞼を開けると、オレが押し倒されていたソファーの横まで白石さんがやってきていたから。オレは白石さんがいることに安心して、白石さんに勢いよく飛びついた。
「……白石、さん」
「ん、ちゃんと側にいるから大丈夫」
白石さんのあやすような声と温もりに包まれて、堪えていた涙がぶわっと溢れてくる。オレは兄ちゃんがいるのも忘れて、白石さんにぎゅっと抱きついて泣いてしまった。でも、そんなオレを白石さんは強く抱きしめてくれて。
「……俺の勝ちだな、光」
オレを抱きしめながら、白石さんは兄ちゃんにそう言ったんだ。
「んー、強引に押せばイケると思ったんだけどなぁ……ほら、嫌よ嫌よも好きのうちっていうじゃん?」
兄ちゃんからは、ヘラヘラと笑って白石さんと朗らかに話す声が聞こえる。
「あれじゃレイプだろうが、強姦だ。俺が止めなかったら、お前何処までヤるつもりだったんだ」
「ユキちゃんが、俺に妬くまで何処までも」
「お前、性格悪すぎ」
白石さんに抱きついて、ぐずぐず泣いているのはオレだけで。白石さんと兄ちゃんは、こんな状況なのにも関わず、普段となんら変わりなく会話しているんだろうと思う。
「俺は、もう少し楽しんでも良かったんだけどなぁ……せいの怯えた表情も可愛かったし、苦虫を噛み潰したような顔してるユキを横目で眺めていたかったのに」
「こんだけ泣いてりゃ充分だろ、お前は拒否られてんの。選ばれたのは、俺の方だ……ったく、荒治療にもほどがある」
オレの背中を優しく摩ってくれる白石さんの手は温かいし、安心もできるけれど。一度に色んなことが起こりすぎていて、オレは自分の呼吸を正すのが精一杯なんだ。
「しょうがないなぁ……許してあげる、ユキ」
「サンキュー、光」
和やかムードで進む会話。
笑う年長者二人と、涙に濡れるオレ……一体全体、どうなっているんだろう。
そう思うことができるようになったのは、少しだけ時間が流れ、涙が止まってきたからだ。小さな子供がグズってしまって、母親に縋るみたいに、オレも白石さんにくっついていたら気持ちは落ち着いてきたけれど。
状況の把握はまったくできないまま、兄ちゃんの顔を見るのが恐くて。オレだけがこの状況についていけてないことは理解できているのに、オレは白石さんから離れられずにいるんだ。
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