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第95話
【雪夜side】
泣いている星を抱きしめ、背中を擦りながら感じていることは安堵だった。
事の経緯を遡ること、およそ12時間前。
コインランドリーから、車を走らせある場所へと向かった俺は、少しの緊張感を誤魔化すために車内で煙草を咥えた。
「俺、ユキちゃんの車乗るの久しぶりかも」
ある場所、それは星の、光の家の前。
俺の自宅で独り寝ている星が心配だったが、思い立ったが吉日だった。ランとの電話の後、覚悟を決め、星の兄貴の光に連絡を入れた俺は、ニ人の家の裏の公園を待ち合わせ場所に指定した。
雨の中、小さな公園に車を駐めて。
光に、俺の想いを伝えるために、俺の初恋の相手はお前の弟だと告げるために。
深い呼吸をひとつ、肺をしっかりと膨らませる。そうして、俺は口元から煙草を離すと、星のことを光に話し始めた。
一通り、出会い方から。
星が今、俺の家にいることまで。
俺が話しているとき、光は無言を貫いていた。そんな光が最初に言ったひと言は、酷く掠れていたように思う。
「……なんで、せいなの」
その言葉は、俺が想像していた以上に重かった。怒りや憎しみ、そういった類いの感情をみせることなく、たったひと言を呟いた光。
初恋だの、なんだかんだ、俺を散々茶化していた男は、事実を知った途端、なんとも言えない表情を見せた。光とはそれなりに付き合いが長い分、俺が今まで散々遊んでいたことを知っている光の問いは、最もだと思ったが。
「世の中、人間なんてそこら中にいる。どうしてせいなの、せいは男だよ。この先、どうしていく気でいるの。結婚は、子供は……俺は、せいをすごく大事に想ってる。小さいころから、ずっとみてきた……ユキは俺の想いに勝てる?たった3日、一緒にいただけのユキに。せいは、俺のだよ」
続く言葉に更なる重みを感じた俺は、小さな溜め息を吐いた。星を大事に想う気持ちは、その年月は、優ることがなくとも。家族でもない、兄弟でもない、俺が赤の他人だからこそ、俺はアイツを奪いたい。
「お前の好きと、俺の好きは違うだろ」
「……ユキ」
「お前がアイツを、すげぇー大切にしてることは知ってる。星は俺に光が好きだって、そう言ってたしな。でも俺は初めて、自分を犠牲にしてまで欲しいと想える人に出逢えた。結婚とか将来のこととか、正直よくわかんねぇーよ。ただ、俺は星に笑っていてほしいんだ。できることならそれは、俺の隣であってほしい」
「それはユキの気持ちでしょ、星がそれを望んでるわけじゃない」
「んなもん、わかんねぇーだろ」
分からないからこそ、光には先に俺の気持ちを知っておいてもらう必要がある。俺の腐れ縁の相手として、星の兄貴として、光には知る権利があるのだ。
それがどれだけ重い話でも、簡単に受け入れられるような内容じゃないとしても。それでも、しっかりと向き合う姿勢を示す光は、人としてできた人間なのだろう。
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