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第96話

車内に訪れた沈黙、それは光が考えを巡らせていた時間に等しい。 「……賭け」 その単語を発したのは光で、長く息を吐く音が聞こえた。その後、光は俺と目を合わせると何かを決心した様子で微笑んだのだ。 「賭けて、みようよ」 「どういうことだ」 「せいが、俺とユキ……どっちを選ぶのか、賭けるんだ。明日、俺がせいを抱くフリをするから。お兄さんじゃない俺を、せいが受け入れたら俺の勝ち。嫌がれば、俺の負け。簡単なことでしょ?」 突拍子もない発言を自らしているのにも関わず、微笑み続ける光の頭はイカれていると思った。 「……アイツは、ゲームの景品じゃねぇーぞ」 「そんなこと分かってる。でも、一番分かりやすいでしょ。俺は今までせいに自分のことを隠してきた。けど、これ以上隠して生きるのは面倒なんだ。せいも高校生になったし、そろそろ頃合いだと思って。俺の全てを知った上で、それでもせいが俺を選んだら……そのときはユキ、お前の負けだよ。せいに関わることは許さない」 光が星に隠していたこと、それはこのどうしようもない性格の悪さだ。良き兄を演じてきた光にとっても、この賭けは覚悟のいるものになるはずだが。 「星が俺を選んだら、お前はどうすんだ?」 俺がそう問うと、光は少し考えた後に答えを述べる。 「俺はせいに、俺の一面を知ってもらうだけだから。それにせいは兄弟だし、ユキみたいに失う物はないよ。ただ、ユキに簡単にせいを奪われるのは嫌なんだ……好きの種類は違ってもね。せいがユキを選んだら、そのときはせいの気持ちを尊重して、ユキのこと許してあげるよ。どう?ユキ、俺との賭けに勝つ自信は?」 覚悟があるからこその強気、どう考えても俺の方が不利な賭けのように思えるけれども。 帰らくてもいいと言ってくれたこと、側にいてほしいと伸ばされた手、染まる頬も、揺らぐ瞳も。この数日で、星が俺に向けてくれたものは、まだ名のつかない愛情だと信じたい。 今は自意識過剰だと思われようと、この賭けを俺が受けるのは必須だ。自信があるかと聞かれると、正直なことを言ってしまえばその自信は極わずかなものだけれど。 「自信、しかねぇーよ」 自分の覚悟がぶれないように、俺は精一杯の強がりでそう応えたのだった。 「明日は親が二人ともいないから、ユキはせいを送り届けた後に先回りして、俺の家の勝手口から家に入って隠れてて。車は、今駐めてる場所に駐めておいてくれればいいから」 「なんで俺が、隠れてないといけねぇーんだ」 「ユキが家にいるのが分かってたら、勝負にならないでしょ。せいには、バイトがあるとでも言っておいてよ。俺と二人きりだって、せいには思わせておいた方が、せいの素直な反応がみれるからね。せいが家に帰ってきたら、それが始まりの合図……俺、全力でいくから」 「望むところだ、光」 お互いニヤリと笑みを浮かべて、俺達は星の気持ちに賭けてみることにした。

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