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第97話

光とある程度打ち合わせをし、家に着いたのは深夜だった。コインランドリーで乾燥させた服を抱え、暗闇の部屋を彷徨って。ベッドで眠りについている星の様子を確認した後、俺はやっと息を吐けた気がした。 俺が不在の間、星が起きた気配はなく、テーブルの上に置いたメモはそのままの形で残されていた。眠姫のようにぐっすり眠るヤツだと思ってはいたが、それにしても可愛い寝顔を見せてくれるヤツだ。 そんな星が、俺と光に賭けられていると知ったら……コイツは、どんな表情をするのだろうか。星の気持ちを確かめるための賭けだとしても、本来ならその気持ちは賭けの対象となるものではないはずだ。 もっと大切に、大事に。 本当ならそうやって、ゆっくりと時間をかけて揺れ動く気持ちの整理をすることが重要だと理解はしているのに。 俺も、そして光も。 星への想いが強いからこそ、こんな方法でしかアイツを奪え合えないことが、酷く情けなく感じた。それでも、ない自信を振り絞り、恐る恐る手を伸ばせばすぐそこに、この手が届く距離に星は確かに存在していて。 星はただ、拒否権がないから俺に従っているだけではないと……そう何度も己に言い聞かせ、俺が賭けに負け、もう二度と星に触れることすらできなくなる未来など、永遠に訪れることのないように願った。 今、ここで眠るコイツは、自らの意思でここにいることを望んだのだから。 ……きっと、大丈夫。 小さな星の手をそっと握りながら、俺は瞳を閉じて呪文のように心の中で何度も唱えていた。そうして気がつけば、外の雨は止み、穏やかな朝陽が部屋に射し込んでいることに気がついた。眠くなりかけた目を擦りつつも、俺はよろよろとキッチンに立った。 朝食はサンドウィッチを作る、という星との約束を忘れてはいけない。俺の悪戯が原因で、星は夕飯を食べずに眠ってしまったから。サンドウィッチを作り、甘めのカフェオレを淹れて、星の服を畳んでソファーに置いておく。 自分のためならなんでもないことのように思うが、他人のためとなると話は別だ。俺は、今までこんなに誰かのために何かをしてあげたいと思ったことがなかった。 星の笑顔がみたい。 コイツの笑顔は、俺を幸せにしてくれる。 ただ、それだけ……それだけのことなのに、心は、カラダは、こんなにも愛おしく思う。星の可愛らしい寝顔を眺めているだけで、ほんわかと暖かい気持ちになるのは幸せを感じている証拠だ。 たった3日間の幸せ、その幸せが俺を大きく変えている。幸せなんてアホくさいと、そんなふうに思っていたころの俺は何処かに行方を晦ました。 そうして、明るい朝がやってくる。 寝ぼけた星も可愛くて、美味そうにサンドウィッチを頬張る星も可愛い。何も知らずに無邪気に笑う星が家から一歩外へ出たとき、車に乗せたとき……刻一刻と迫る裁きの瞬間を考え、俺は星に悟られぬように心を痛ませていた。

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