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第102話

来週の土曜日に、鉄板ナポリタンを作る約束をして。俺は、名残惜しく星の家を後にした。 駐めてあった自分の車に乗り込んだとき、ドッと疲れが押し寄せてきたことは言うまでもない。光に悟られぬように心の内に留めていた緊張感も、安堵感も。独りになった途端に、まるで溢れ出るように俺の身体に疲労を浴びせていく。 それでも、何故か心地良いと感じるのは星が俺を選んでくれたからなんだろう。恋だの愛だの、バカらしいと思っていた数日前の自分に、今の俺を知られたらきっと爆笑されるんだろうが。 根拠の無い自信は、少しだけ重みのあるものに変わった。今はそれだけで充分だと、それより何よりやってきた眠気と闘いつつ、俺は自宅目指して運転するしかなかった。 「……ねみぃ、マジで」 運転中、信号待ち。 大きな欠伸をひとつして、出てくる言葉は独り言だ。眠気覚ましにと煙草を手に取り、ジッポで火を点けた俺はチラリと信号を確認する。 しかし、停車してすぐ欠伸をしたためか、信号はまだ変わっておらず、数秒の暇を持て余した俺はふと後部座席に目をやった。 「なーんか気配感じると思ったら、お前か」 光とのデートの際、雑貨屋で買った黒猫のぬいぐるみ。ソイツの存在をすっかり忘れ、後部座席に放置していたことに俺は今更気がついた。 可哀想に転がっているぬいぐるみをどうにかしてやりたいところではあるものの、信号が変わってしまうと俺は運転に集中せざるを得ない。 星にそっくりだと思い、取り置きまでしてもらったというのに。受け取りに行った日から今日まで、本物がずっと隣にいたからぬいぐるみの存在に気づいてやれなかった。 「ごめんなぁ、もうちょいそこで転がってて」 そうぬいぐるみに声を掛けてみたが、我ながら気色悪い。性にあわないことはするものじゃないと、分かってはいても星そっくりなぬいぐるみを粗末に扱うのは気が引ける。 散々粗末に扱って、今更何を……なんて、そんな正論は聞かないことにして俺は家路を急いだ。 家に帰ると今まで狭いと感じていた部屋が、少しだけ広く感じて思わず溜め息が漏れる。たった2日間星がいただけ、それだけのことなのだが、この部屋に俺以外の人間がいたことを再認識させられる空間。 寂しい、なんて。 とうの昔に振り払った感情で、孤独の方が楽だと感じていたはずなのに。心に感じる小さな隙間は、寂しさと呼んでやる以外に言葉が見つからない。 まだ夕陽が昇る前、カーテンから洩れる外の明かりは寝不足の瞼に突き刺さる。それが余計に俺の寂しさを刺激し、透明なフィルムで覆われているぬいぐるみを、そこから取り出す決心をさせていく。 「とりあえず、お前は今日からここにいろよ」 大きな黒い塊りをベッドの端に座らせてやり、俺は寝る前の一服を済ませて。いつも通りの部屋で星のことを思い出しながら、疲れきった身体は倒れるようにして眠りに就いていた。

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