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第106話
ガランとした保健室は、温かな春の陽射しに包まれている。学校内だけれど、保健室って少し特殊で特別感があるような気がするのは気のせいなんだろうか。
そんなことを思いながらお目当ての体温計を発見したオレと、回転する丸椅子に腰掛けた弘樹。
「だーれもいない保健室ってレアだよな、俺ヒマだからセイと一緒に先生待ってよーっと」
回転椅子を文字通り回転させてくるくると回りつつ、弘樹は呑気なことを言っている。その様子を横目で見ながら、オレは体温計を脇に挟むと立ったままジッとしていた。
体温を測定している間、少しの沈黙が訪れていく。廊下から聴こえてくる見知らぬ生徒たちの笑い声や走り抜けていく足音が、静かな室内にいると一際大きく響いているように思えた。
「……熱、あった?」
測定を終えた体温計からピッと電子音が鳴り、そのタイミングで弘樹が口を開いて。温度を確認したオレは小さく首を横に振って、異常がないことをアピールした。
「平熱。喉とかも痛くないし、特に違和感とかもないから大丈夫」
「それなら良かった……けど、俺はあんまり良くないかも。もうちょいこの穏やかな空間を楽しみたいなぁ、なんて」
保健室に来る前から薄々気づいていたけれど、弘樹はたぶん午後の授業をサボる気満々なんだと思う。オレがアルコールに浸かった脱脂綿で体温計の先を拭いている最中も、元の場所に体温計を戻したときも。弘樹は椅子から離れる素振りを見せないどころか、ネクタイを緩く解いてしまったから。
「オレは、熱なかったから五限目出る。オレは弘樹と違うの、仮病使って授業サボることなんてしたくない」
白石さんのことを考えていただけで、本当にそれだけで。保健室まで来てわざわざ熱まで計り、その上、授業をサボるだなんてオレにはできないんだ。
けれど弘樹は、どうやらオレと同じ考えは待ち合わせていないみたいで。
「俺は付き添いだし、至って健康体だから仮病を使うわけじゃない。それにさ、授業より何より大事なことをしなくちゃダメだと思うんだ」
学校にいるのに、授業より大事なことはそうそうないとオレは思ってる。でも、そう呟きながら動き出した弘樹は、保健室の扉の前に立つとオレに向き直る。
それがちょっぴりオレの苛立ちを刺激してきたから、オレは弘樹の前に立つとバカな親友を見上げてこう言った。
「あのさ、弘樹。いくら自習の時間だったとしても、授業には出ないと単位落とすからね。高校は中学みたいに義務じゃないんだから、オレもう教室戻らないと遅刻しちゃうからそこ退いて」
いくらバカな弘樹でも、ある程度の正論を言えば理解してくれると思ったのに。扉の前から動かない弘樹は、左の口角だけを上げるとオレの手を取って。
「俺には単位より大事なこと、確認しなきゃならないことがあんの。本当はずっと言いたかったんだけどさ、セイ……首筋のソレ、キスマークだろ」
弘樹の言葉の衝撃と共に、授業の予鈴が鳴り響いた。
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