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第112話

「大人しく、か……大人しくしてたら、俺の知らない間にセイがあの人の痕付けて俺の前に現れたんだ。俺はセイにまだ何もしてねぇのに、それでも俺は大人しくして、セイが振り向いてくれるの待たなきゃならねぇの?」 「それは……」 返答に迷っているオレを、突き刺すような弘樹の瞳。でもその瞳は切なそうに揺れるばかりで、見ているこっちが段々と苦しくなっていく。 「ショップの店員なら、今日もショップにいるかもしれない。キスマ付けた張本人から話を聞けば、詳しいことが分かる。それに、セイが必死であの人のことを庇ってるみたいで単純に悔しいし」 「別に、庇ってるわけじゃない。常識的に考えて、弘樹の発言は非常識だって言ってるだけ」 オレは、もうそう告げるのが精一杯だった。 幼稚園からの幼なじみ、オレがいくら説得したところで弘樹の考えが変わらないことに、オレは気づいてしまったから。 弘樹の瞳の中にいる自分の姿から目を逸らしたオレは、カーテンの隙間から漏れる一筋の光に目を向けることしかできなかった。 そして。 「……セイ、ごめんな。でも、これだけは俺も譲れない。俺、頑張るからさ。セイに俺だけ見てもらえるように」 「ひろっ……」 ただ立ち尽くすオレに、そう声を掛けた弘樹は、最後にオレの頭を優しく撫でていって。保健室にオレを残したまま、弘樹はオレより先に出て行ってしまったんだ。 最後まで呼べなかった、弘樹の名前。 幼なじみで、唯一の親友、そんな弘樹の知られざる一面を目の当たりにして、混乱しているオレの頭は知恵熱が出そうだ。 結局、オレは授業をサボる結果になってしまったし。弘樹は絶対に、白石さんに会う気でいるだろうし……色々と思考を巡らせてしまうと、オレはどうしたらいいのか分からなくて。回転椅子に座り込んだオレは、とりあえず白石さんに連絡しようと制服のポケットからスマホを取り出した。 白石さんは、今日の15時からバイトがある。 朝の連絡でそのことを知っていたオレは、無理にでも弘樹を引き止めなきゃならなかった。でも、初めて見る弘樹の真剣な眼差しを向けられて、オレは何も言えなかったんだ。 白石さんには、迷惑をかけたくない。 けれど、弘樹の意志の強さには敵わない。 オレが悪いのかなって、そんな罪悪感を抱えつつ、オレは白石さんにLINEで連絡を入れた。今日もしかしたら、弘樹が白石さんのバイト先までお邪魔するかもしれませんって。迷惑をかけて、本当にごめんなさいって。 できることなら、すぐに既読になってほしい。 今、白石さんが何をしているのかは分からないけれど。せめて弘樹が行動に移る前に、白石さんがLINEを見てくれないと、オレが連絡をした意味がなくなってしまうから。 大丈夫だ、と。 優しく微笑みオレを抱きしめてくれる白石さんが恋しくて、ちょっぴり苦しくなる。保健室に取り残されたままのオレは、小さく唇を噛むと溢れそうな涙を堪えてスマホを握り締めることしかできずに、五限目を終えていた。

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