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第111話
「セイ、俺も付けといていい?」
「え、何言ってんの、弘樹」
今までベッドでだらけていた弘樹は、ゆっくりオレに近づいてくる。冗談、だと思いたいけれどそんな様子には見えない弘樹。
「俺もさ、セイに俺のだって印、付けときたい」
「イヤだ、そんなのムリに決まってるでしょ」
付けていいよ、なんて。
そんなこと言えるほど、オレの心は優しくない。でも、オレは弘樹と保健室に二人きりの状況だし、さっき押さえ付けられてしまったことがあるから……オレは警戒して椅子から飛び降りると、保健室の扉付近に移動を開始する。
「イケメンの兄さんは良くて、なんで俺はダメなんだよッ!?」
「だってあのときは突然だったし、オレはキスマーク付けられてたこと知らないもん」
白石さんだから良いとか、弘樹だからダメとか。オレの中ではそういう問題じゃなくて、痕を付けたのがたまたま白石さんだったからイヤな気分になっていないだけなんだ。
オレと弘樹以外、保健室に誰もいないことをいいことにして。逃げるオレを追いかけてくる弘樹は、オレが保健室の扉に手をかけた瞬間、オレの背後に立って片手で扉を押さえ付けた。
「……ほら、捕まえた」
「ッ……」
警戒心を持って行動したはずなのに、弘樹の吐息が耳に掛かるほど近くに感じてオレは息を呑んだけれど。
「なーんて、な。これ以上セイが嫌がることしたら、口利いてもらえそうにないからちゃんと我慢する……けど、キスマの件はセイに訊いても良くわかんないままだから、俺あの人に直接訊きに行く」
「……ハイ?」
弘樹がスっと身を引いてくれたことに、オレはとても安堵したのにそれも束の間で。白石さんに会いに行くと言い出した弘樹の表情を確かめるため、オレは弘樹に向き直った。
またもや、オレは脱出ミッションを失敗している気がするけれど。弘樹の顔は、やっぱり冗談を言っているようには思えなくて。
「わざわざショップまで行く必要はないでしょ、弘樹には関係のない……わけじゃないのかもしれないけど、でも……」
白石さんに迷惑を掛けたくないオレは、なんとかして弘樹の考えを正そうと試みる。
「買いたい物があるなら話は別だけど、個人的な用事でお店に押し掛けちゃダメだと思う。お店の人、白石さん以外の人にも、お客さんにだって迷惑になっちゃうから」
「それは百も承知の上、だ。最悪、俺はあのショップで出禁になってもしょうがない。それを覚悟で、俺はあの人に会いに行く」
「でもっ、白石さんが何時いるかなんて分からないからさ……というより、そんな覚悟いらないから大人しくしてて」
オレがさまざまな理由を並べても、弘樹は納得してくれない。本当は、今すぐオレの後ろにある扉を開けて逃げ出したい気分だけれど。
あまりにも真剣すぎる弘樹の視線から逃れることができないオレは、弘樹がショップに行くのを諦めるように願うしかなかった。
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