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第110話
そもそも、キスマークなんていつ付けられたのかオレは知らない。兄ちゃんがキスマだのなんだの言っていたから、オレはよく理解できていないままなんとなく過ごしていただけなのに。
「……なぁ、セイ。その痕ってさ、どんな気持ちで付けるか知ってる?」
少しだけ、低く聞こえた弘樹の声はオレにそう問い掛ける。けれど、オレには痕を残す意味も付けるときの気持ちも分からないから。
「そんなの知らないよ、付けたことないもん。というより、キスマークって口紅でシャツとかにつくものじゃないの?」
オレは、逆に弘樹に聞き返した。
オレが知ってるキスマークは、女の人が口紅で付ける唇のマーク。白石さんがオレに付けた痕は、ただの内出血だと思うんだ。小さい頃、よく痕が付くのが面白くて、腕とかにちゅーぅって吸って痕をつけて遊んだやつ。
だから白石さんが付けた痕は、キスマークにならないんじゃないかって。そんな意味を込めて尋ねたオレと、溜め息を吐いた弘樹。
「セイ、それマジで言ってる?」
「うん。え、違うの?」
オレが素直に頷くと、弘樹は何故かクスクス笑い出してこう言った。
「セイが言ってるのも間違いじゃないけど、大人がいうキスマってのは、セイの首筋に付いてるやつのことをいうんだよ」
「んー、だってこれはただの内出血じゃん。何も知らなかったら、虫刺されとそんなに大差ないと思う」
「セイちゃん、その内出血をキスマークっていうの。自分の首に、自分でその痕は付けれないだろ。好きな人のカラダのどっかに、唇で強く吸って、痕が残るのがキスマーク。しかもセイの場合は、首筋っていう目立つところにわざわざ付けてある。お前は俺のモノだっていう、強い独占欲が込められた痕」
弘樹の説明を聞いているうちに、オレの顔は真っ赤になっていく。弘樹の方を向くのも恥ずかしくて、オレは俯きながら白石さんのことを考えた。
意地悪なだけじゃない、優しいだけじゃない。
新しく知ることのできた白石さんの気持ちは、オレの心をポカポカと温かく照らして。恥ずかしいけど、なんだかとっても嬉しく思う。
「なぁ、セイ。そんな痕をさ、なんでイケメンのあの人に付けられてんの?」
「……んー、知らない」
「知らないって……セーイ、お前もっと自分が可愛いこと自覚してくんない?」
可愛いと言われてもオレは男だし、自覚する必要はないと思うんだけど。
「オレ、男だから可愛いとか関係ないでしょ」
「はぁ、これだからセイちゃんは。俺がどさくさ紛れに告白したこと、もう忘れてんだろ?」
告白……あ、さっきの。
「オレの中で弘樹は友達だし、いきなり色々言われても……弘樹のことは嫌いじゃないけどさ、どうしたらいいか分からないよ」
オレは、弘樹の告白のことをすっかり忘れて。白石さんが付けてくれたキスマークのことで、頭がいっぱいだった。
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