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第122話

アイスコーヒーを流し込み、俺はとりあえず喉を潤す。けれど、それは言い訳で。小さな焦りを弘樹には悟られぬようにするための行動だった。 星からLINEが送られてきたあと、返信したものが既読になったことを知ったのはバイト終わり直後。しかもその内容は、本当にごめんなさいとのひと言だったのだ。 星が他人に触れられたことにもちろん苛立ちは感じるが、俺はそれ以上にアイツが心配で仕方ない。光の件があってから、明後日でちょうど1週間……光の気遣いのおかげで、そんなことを感じさせないほど星は穏やかに過ごしているようだけれど。 周りにいる人間、しかも長年の付き合いで親しいヤツから二度も捕まってしまった星が傷付いていないわけがない。それなのにも関わらず、星は自分のことよりも俺を気遣った。 何故、俺はもっと気の利いた言葉を送ることができなかったのだろう。事態がもう少ししっかりと把握できてさえいればと悔やんでも、今更どうにかなることではなくて。 俺が後悔の念を募らせていると、弘樹は何も言わない俺を見て再び口を開いていく。 「……でも、俺はセイにすぐ逃げられたんだ。正確には逃がしたんッスけどね、気持ちが俺に向かないままのセイを無理矢理抱くなんてできねぇから」 告げられた言葉に、安堵の息を吐いた俺と、自責の念を込めて溜息を吐いた弘樹。息吐くタイミングはどちらも同じだったが、より大きく吐きだしていたのは弘樹の方だった。 両想いの恋人同士だったなら、昼中の保健室は最高のシチュエーションだっただろうに。一方通行の恋心じゃ、どれだけ良い場面に遭遇できたとて、その想いが報われることはない。 それでも、弘樹は嫌がる星を力ずくで押さえつけ行為に及んだわけではないらしいから。星の気持ちを優先し、今回は弘樹なりに身を引いたことが分かった俺は、二本目の煙草に火を点けていた。 「アイツにキスマ付けたのは俺、コンビニで見られてたのは知らなかったけどな。アイツがお前に言ったコトは事実だ、カフェに連れてったのも間違ってねぇーよ」 「カフェに連れていって、帰りにキスマ付けるとか、相当ヤり慣れてるんッスね」 不思議なこともあるものだ。 何故、弘樹に事実を述べたのか。 敵だと看做されているのにも関わらず、俺はその敵に塩を送っていた。けれど、用済みの塩を弘樹が受け取ることはない。それどころか、弘樹は挑発地味た発言をして口角を上げる。 その挑発に、今度はしっかり乗ってやろうと思い、煙草の煙りを吐きだした俺は弘樹に視線を合わせてこう告げる。 「そんな男をアイツが選んだとしたら、お前はどうすんだ。星は俺を庇ってるわけじゃねぇーし、嘘もついてない。ただ、お前が知らねぇーアイツの顔を俺は知ってるってだけの話だ」 漆黒の瞳が潤んで揺れるとき、縋るように伸ばされる小さな手、そのすべてが俺に向いている。出逢ったころは確証が持てず、僅かな自信しかなかったが。悪友の光が、そんな俺の背中を押してくれた。 だからこその今、俺は弘樹の前で強がっていられるのだろう。

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