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第139話

【雪夜side】 幸せ、と。 天使のような愛らしい笑顔を向けられながら、なんともストレートに告げられたとき。他人の微笑みに、ゆったりと心が動かされていく感覚はまだ、俺には少々くすぐったくて新鮮だった。 星と俺の関係は、著しく進展があったかのように思えるのだが。実のところは、そうでもない……というより、かなりスピーディに状況が進み過ぎていて、気持ちの整理に時間がかかっているのだと思う。 星はどう感じているのか定かではないが、俺の場合は単純に理性を保つことが難しくて辛いのだ。 一週間前に両片想いって類いのものだと分かって、その後に現れた恋敵らしき星の親友に俺は妙に懐かれた。長かった一週間を乗り越え、今日、ようやく自分の家の中に好きな相手を閉じ込められたというのに。 肝心の星はというと、親友の弘樹のことを考え悩み始めてしまったり、黒猫のぬいぐるみに名前を付けたりと、アイツの気持ちはどこかふわふわしていて心ここに在らず状態だった。 それが悔しく思う俺の心は、かなり狭いのだろうけれど。星の瞳が俺だけに向くように、俺は弘樹と似たような独占欲を抱えつつも必死で大人な対応を心掛けた。 それだけじゃない。 無垢な笑顔でぬいぐるみを抱き、俺に襲いかかってきた仔猫を俺が喰い尽くさないように。溢れ出す欲求をなんとか抑えた俺は、初デートと呼ぶに呼べない、ただの買い物に星を付き合わせたのだ。 本来なら星が泊まる前日、つまりは弘樹が俺に会いに来た日に、俺は買い物を済ませておく予定だったのだが。それも予定で終わってしまったため、俺は気分転換も兼ねて星を家から連れ出した。 「……本当に美味しかったです。ご馳走様でした!」 ショッピングモール内で昼食を摂ったあと、星は満足気に頬を緩めながら俺に礼を言う。ワッフルやらなんやら、小さなカラダで出された料理の全てを平らげた星だけれども。 今日のメインも、此処に買い物にやってきた目的も、すべては俺が星に作ると約束したナポリタンのはずなのだが……本当に、食事には目がないヤツだと。星の探究心と比例している食欲に、俺は僅かながら驚いていた。 成長期真っ只中の男子高校生と、ある程度成長を果たした大学生。俺もそれなりに、食おうと思えばいくらでも胃袋に収めることは可能だが、俺は星ほど食に興味がないのかもしれない。 俺は食べることより、作ることの方が好きなんだろうと……いや、まぁ、アイツを喰いたい気持ちはすげぇー有り余ってどうしようもねぇーんだけど。どうしようもねぇーから、わざわざ外に連れ出して、色々とヤるにヤれねぇー状況に俺自身を追い込んだんだけどよ。 なんて、俺の本心は隠したまま。 昼食後に本来の目的だったナポリタンで使用する食材を適当に購入した俺たちは、ショッピングモールから退散した。 そうして、用が済んだ場所から俺の自宅へと舞い戻る道中、俺たちはたわいもない会話を繰り広げ、その度に二人で笑いながら時を過ごしたのだった。

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