1 / 8

第1話

仕事帰りだった。 ノー残業デーの水曜日…前の地獄の火曜日。 毎日がイエス残業デーなブラック企業の社畜な俺は、水曜日の分まで仕事をしなくてはいけない火曜日はいつも終電に間に合わない。 私鉄の駅が最寄り駅の俺は二駅手前のJR線の終電にのり、タクシー待ちの長い列を横目に二駅分の道を歩く。 そうまでして家に帰る必要があるのだろうか?とは思うのだが… 会社にある仮眠室は埃っぽいし、何よりノー残業デーはイコール接待デーだ。 取引先の相手と呑むのに風呂にも入らず、服もそのままなのは流石にまずい。 そう思うから面倒だけれど家に帰る。 これで、家に待つ人がいるのならもう少し違うのだろうが忙し過ぎて恋人もいないのだから、結婚なんて夢のそのまた夢だ。 俺は今まで自分が生きていくことに必死で、誰かを守ったり共に歩く余裕なんて何処にもなかった。 俺にあるのは安い賃金でも使う暇が無くて貯まっていった貯金だけ。 まあその貯金だって老後の蓄えにするには心もとなすぎるけれど…独り暮らしの男ならばそれなりの額の蓄え。 けれど虚しい。 同世代は結婚ラッシュも終わり、むしろ赤子ラッシュだ。しかも第2子どころか驚きの第3子まで…皆少子化対策に貢献している。偉すぎる。一方で大病を患って入院…なんて話も聞く、そんな難しいお年頃。 俺はこのままどうなるんだろう? 漠然とした不安をかかえながら歩く。深夜のウォーキングは鬱々とした気分をより増していく。 街道沿いの道は街灯と行き交うトラックのライトに照らされた場所は明るかった。 けれど、僅かに道から外れた光の当たらない場所の影は黒く深くなるばかりだ。 ぼんやりと見ながら歩いていると急に暗闇に沈むその場所が昼間のように明るくなった。 照らされた小さな小さな道祖神の祠。 それにしても、なんで急にこんな明るくなったのだろう? そう思って振り返った俺が見たのは目の前に迫った真っ白なトラックのライト。 そこから先の俺の記憶はない。 ただ、覚えているのは正面から何かに当たった 衝撃。 そして、やたらと固いものが俺の背中から腹を突き抜けた、そんな感覚だけだった。 そして、気がつけば俺は寝ていた。 随分と長い時間寝ていたような気がする。 こんなによく寝たのは本当にひさしぶりだ。 でもな~これで起きたのが布団の中だったらよかった。 いや、布団などという贅沢は言わない。 せめて、室内。 せめて草の上。 いや、せめて… 水の中でなかったら…。 そう思わずにはいられない。 幸い浅い川だったし足もつく、ゆるい水の流れの中で俺はざばりと起き上がる。 流れる水は澄んでいて綺麗だったのに起き上がった俺にはでろり、と黒い藻が体にまとわりついた。 なんだこれ、本気で気持ち悪い。 そうおもいつつ、体から剥がそうと引っ張る 「うっ!」 ぐいっと頭も一緒に同じ方向へ引っ張られた。 思わず手に掴んだ藻をみる。細い黒い糸のような… 「髪だな」 いつの間にこんなに伸びたんだ? 俺は水の中で胡座をかいたまま、まとわりつく髪を左側にすべて寄せてから、手でジャバーッと絞った。 おお…長い髪の毛はぞうきんより吸水性があるのかもしれない。 しかし長いな。 俺の人生史上ありえないくらいに長いり なぜだかいつのまにか伸びていた俺の黒髪は腰ほどもあった。 そして… これが一番重要かもしれない。 俺は…俺は、真っ裸だった。 しかも、見渡す限り辺り周りに服はない。 非常に困った。 この水の中から出たら俺はただ水遊びしてるおっさんから変質者に大出世だ。 そんな出世なんて俺は全くもって微塵も望んでいないというのに! 俺は頭を抱えた。 どうすればいいんだ!? つうか、どういう状況!?

ともだちにシェアしよう!