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第1話

 「あー、愛美?マジごめんって。」  午前5時15分頃。  お互いの熱もすっかり冷めてしまったベッドのシーツの上で俺は彼のその電話を聞きながら携帯の画面を見つめる。軽く半日ぐらい見ていなかっただけで届いたメッセージの数にうんざりとしながら丁寧にひとつひとつそれらしい言い訳を並べた返事を返した。  『みーちゃん、最近俺と遊んでくれないじゃん。』  たくさんある連絡先の中でも特にお気に入りにいれてある人物から届いたその不満そうなメッセージに目を通し、これはかなり拗ねてるなと思いつつも彼のご機嫌を取ろうと他の人よりも優先に返事を返すことにする。  この間は弟が熱出したとか、物理の小テストがあったとか、そんな言い訳を述べていたが今日はなんて言い訳しようか。最後に彼からきたメッセージたちを幾つも読み返してみたところどうやら彼はうちのマンションにも来て部屋にいないことを確認したらしい。  どうしよう、なんて悩んでいるうちに彼から新しいメッセージが届いた。  『既読無視。ばか。もういい。』  子供か、と突っ込みたくなるぐらい幼稚な文に小さくため息をつきながら俺は『ごめん。』から返事をする。もういい、という割には送ってすぐに彼はメッセージを読んでくれたようで、既読のマークがついた。  『先輩と飲んでたら酔っぱらったみたいで相手の家で軽く寝てた。』  『え、嘘。もう平気?』  怪我はしてない?相手とは何もなかった?そんな心配そうなメッセージを送ってくる彼にどんな返事をまた返そうかと思っていたら、電話をかけながらベッドの向こう側に座っていた男、藤谷(ふじたに)は「はいはい。じゃーな。」という言葉を最後に携帯をスタンド付近に置いた。  「彼女から?」  「そ。もうカンカンでさぁ。今すぐ会いたいとか言ってきてんの。」  「へぇ。じゃ、俺はお邪魔虫だね。帰るよ。」  ベッドから立ち上がり、乱雑に脱ぎ捨てられた服を身に着けると藤谷は「え、美津(みつ)、帰っちゃうの?」とシャツの裾を掴んでくる。本当は早く帰ってほしいんだと分かっているのに、何でそんな帰ってほしくない演技をするのかな。藤谷の言葉と手を無視し、服をすべて着るとそれから俺は忘れ物がないか確認してから鞄を手にした。  「また来週。」  最後に言われた言葉にだけ、「じゃあ連絡忘れないでね。」とだけ返し、部屋を後にする。エレベーターの中にある鏡で自分の顔や首筋に残った痕がないか確認するとそれから間もなくポケットの中の携帯が震え始めた。  「はい、もしもし。」  『みーちゃん!?本当に平気?あんな文章送ってきて既読無視は流石に心配しちゃう!』  「大袈裟。別に何もないよ。」  電話をかけてきたのは先ほどから何度もメッセージのやり取りをしていた結城(ゆうき)で、彼は心底心配したかのように何度も平気かどうか聞いてくる。平気じゃなかったのはあえて隠しとこう。  マンションのエントランスを出たところでタクシーを捕まえ、自分の家のマンションまで車が走り出した。『もうみーちゃんに何かあったのかと思って心配してたのに…。』「心配性。いい加減、そういうところ直したほうが長生きするよ。」『うん!みーちゃんのために長生きするね!』電話越しでも彼の見えない犬のしっぽが大きく振っているのが分かり、少しため息をついてからタクシーにある時計に目を向けた。  午前5時40分。  出来ることなら今すぐベッドに入って眠りたいが、この人からの電話のせいで睡魔も一気に消えてしまったし、それに早く藤谷が触ったところを洗い流したい。  「結城、もう寝るんだろ。」  『みーちゃんと一緒に寝たい。』  「じゃあ、先に家で待ってるから早く来てね。」  『え!?本当に行ってもいい』  最後の言葉を聞くことなく俺は電話を切り、それからタイミングよく自宅マンションの前でタクシーは止まったため、料金を払ってから建物の中へと入った。  半日ぶりに帰った我が家は結城が入ってきたからか、なんだか自分の部屋じゃないようなそんな気がして、この後来る彼のためにも早く風呂に入らなきゃと着替えの部屋着と下着を手にして浴室へと駆け込む。熱いシャワーの水を全身に浴び、藤谷に触れられた部分をすべて綺麗に落とすように俺は何度も念入りにボディーソープとスポンジでゴシゴシと洗った。  風呂から上がると既に結城は部屋に来てたみたいで彼はソファーに座りながらこちらに手を振ってきた。  「おはよ、みーちゃん。」  相変わらずこいつは嬉しそうな顔で俺を見てくるよな。「これから寝るからおやすみだろ。」その笑顔の裏側が見たくて、驚く彼をよそに腕をつかむとそのまま寝室のベッドまで連れて押し倒す。本当は俺よりも身体がしっかりしているから、これぐらいの力じゃ倒れないと知っている。  ベッドに倒れた結城はそれからまた違った笑顔で俺を見てきた。  「どうしたの、今日はやけに我慢できないんだね。」  「うるさい。そう言いながら勃起させてんじゃねーよ。」  彼に近づき、片足をベッドに乗せてから膝でぐりぐりと勃起させているのを確かめる。やだー、恥ずかしい、とか女子かとツッコミを入れたくなる返事を返しながらも結城のは更に硬くなっていく。最初はまだ柔らかさが残っていた彼の陰茎は次第に熱が集まり、程なくして石のように硬くなった。  「お風呂上りのみーちゃん、いい香りするし色っぽいんだもん。どうせなら一緒にお風呂に入ればよかったかな?」  「事前に言ってくれれば考えてたかもね。」  「あーもう、みーちゃんってば今日は本当にやらしいね。早く俺も気持ちよくしてあげたい。」  部屋着の短パンに彼の手が触れ、半勃ちしていたそこを彼の指が形を確かめるように優しく揉んでくる。変な触り方しやがって。気持ちよさとかも無いその曖昧すぎる触り方に腹が立ち、彼の手の上に自分の手を当てて「もっとちゃんとしろよ」と睨んだ。  結城はいつも俺の前でニコニコと心底嬉しそうな顔を浮かべているが、セックスをするときは期待を裏切らない変態だ。こうして触れれば俺が我慢できずに強請っちゃうのも知っているし、本当はどうすればもっと気持ちよくなれるか知っている。  知っている上で彼は俺の理性を試している。  「――んん、」  ベッドの上で四つん這いにされ、すでにローションで慣らされた肛門から指を引き抜く。やけにやらしい音を立てて抜かれた彼の指に、続けて垂れてきた暖かいローション。肛門から睾丸、それから陰茎の裏側、亀頭を伝ってシーツに垂れるそれに下唇を噛み締めた。  「みーちゃん…すっごいね。」  「うるさ…、さっさとチンコ挿れろよ、ばか。」  「酷いなぁ。お下品だし。」  でもそんなところも可愛いな。その言葉が合図だったかのように結城の質量のある陰茎がゆっくりと肛門を押し広げて中へと入ってくる。結城や藤谷といった様々な人と寝てきたが、毎回この挿入される瞬間というものは慣れないもので、枕をギュッと抱きしめながら息苦しさに涙がポタリと落ちた。  「大丈夫…?裂けてはいないけど、やっぱり痛いかな?」  気を遣ってくれているならチンコを抜け、と言いたいが言葉も出てこない。  少しずつ入ってくる結城のそれがついに全部入ったところで俺も彼も熱い息を漏らした。  「根元まで入ったよ、みーちゃん。全部咥えてくれてる。」  「ッ…わ、…かってるよ…」  「だって、この体勢じゃみーちゃんの顔見れないし、みーちゃんもこっちの様子分かんないだろうから…。」  殴りたい。心配そうな顔して、心配そうな声を出して。  そのくせにやけに嬉しそうに気持ちが舞い上がっているのが声でわかるし、それに途中から容赦なく腰を動かし始めている。苦しさが次第に気持ちよさに変わり、俺は枕にすがりつくように強く抱きしめた。  「あっ、あ、あ、」  「みーちゃん、」  名前、呼んでくれる。  「俺は、気持ちいいけど…もう苦しくない?」  心配もしてくれる。  全部、藤谷とヤっている時と違う。  あいつは自分だけ気持ちよくなって、俺が本気で痛がっても聞かないし、逆にそれに興奮してどんどん進める奴だ。既にセックスしてしまった関係だから線引きが曖昧ではあるものの、一応藤谷はゲイではなくノンケでおまけに可愛い彼女もいる。  この日に会おうと前から決めても結局は彼女との予定が入ればドタキャンされることもよくあった。  それと違って結城はノンケなのか元からゲイなのかは聞いたことないけど、俺との関係が始まってからは女との連絡を一切取ってない。それに俺が会いたいと呼べば真っ先に優先してくれる奴だ。  何度も付き合ってほしいと言われたし、それも先週にも改めて告白された。  普通に考えれば藤谷との関係を切って結城と一緒になったほうが一番幸せだし自分に合っているだろうけど、それでも俺は藤谷との関係を切ることができない。  「ゆ、結城ッ、…きす、キスして、」  「うん。いっぱいチューしよ。」  腰のスピードを落とし、振り返って結城と唇を合わせた。舌を絡まらせながら、その間も結城は俺の陰茎を握って動かしながら気持ちよくしてくれる。既に息が上がっていたし、あまり長いキスが出来なくてすぐに口を離してしまったけど、結城は俺の息が整うのを待ちながら愛おしそうな瞳でじっと見つめてくるのだ。  仰向けに押し倒されながら結城はまた俺の中に挿入して、それからやけに嬉しそうな顔で首元にキスをする。「結城、結城、」何度も彼の名前を呼びながら打ち付けられる快感にまた息が上がった。  「嬉しい、みーちゃんの顔が見れる。」  「ああっ、あっ、結城っ、気持ちいい、」  「うん、顔見たらわかるよ。」  セックスだって、結城とした方がずっと気持ちいい。快感だけでなく心までもが満たされるのだ。  仮に結城を振ったら、きっと彼以上の人は出てこないだろう。しかし藤谷のこともスッパリと縁を切ることが出来ない。最低なことに俺はこうして彼からの告白の返事を何度も延期している。両方失うかもしれない選択なんてそもそも考えたくもないのだ。  『じゃあ、俺のこと少しでも好きだって思ってくれたらそれでいいよ。』  何で彼はこんなにも優しいのだろう。  「いくっ、結城、いっちゃう、ふあっ、あ、」  「みーちゃん…いいよ、たくさんいって。」  「ばか、お前も…早くイけよ、」  顔の近くにある結城の腕にしがみ、何度も喘ぎながらとうとう俺は結城の手によって自分の腹に精液を吐き出したのだ。精液を吐き出した後のぼんやりとした意識の中で、暫くしてから余裕のなさそうな結城もそのまま俺の中から抜き出すと自分で動かしながら精液を俺の腹に吐き出す。腹に混ざった二人分の精液を眺め、それから息を整えた結城はベッドの横にあるティッシュを何枚か取出して精液をふき取り始めた。  「ごめんね、みーちゃん。コンドームつけなきゃいけないのに、後からつけてないって気づいた…。」  嫌だったよね?ごめんねと少し泣きそうな顔で何度も謝る結城。その顔を眺めながら何か声をかけたかったが、本日2回目のセックスのせいでもう体力はほどんと残っていない。  「……いいよ。…もう、寝る。」  その言葉だけ口から出ると、それから俺は睡魔に身を任せることにしたのだ。  *  人の好意を逆手に取るなんて、つくづく俺は最低な人間だ。  思えばどうしてこんなにも狂ってしまったのだろう。  そもそも俺と結城の出会いは飲食チェーン店のバイト先で、高校からずっとそこで働いていた俺が大学1年の終わり頃、新人として入ってきたのが結城だ。結城の器量の良さもあってか教育担当を任されて1、2か月で仕事をほぼ完璧に覚えたし、逆に新しく入ってきた子の教育も任さてしまうぐらい彼は仕事ができる。  接客しているときはまだしも、普段のこの口の悪さのせいであまりバイト中に同僚から話しかけられない俺と違って、人懐っこく明るい彼の周りにはたくさんの人が集まる。別に悔しくなんてないけど、少しだけ羨ましいなって思ってしまった。  そんなある日、いつもは断っている他店へのヘルプを店長に頭を何度も下げられるほど頼まれ、渋々向かった店舗で出会ったのが藤谷だ。  「お疲れ様、美津。」  ヘルプ先の店舗でも俺の悪評は知れ渡っているようで、業務内容以外の店員同士の話には必ず外されていた。そんな時に話しかけてきたのが同い年、同じ時期ぐらいにバイトを始めた藤谷。学部は違うが、同じ大学だったりする。  「お前、いつも厳しい顔してるって言われてんぞ。少しは笑えばいいのに。」  「客以外に笑顔向ける理由なんてあんのか。疲れる。」  「はー…その性格さえなんとかすれば絶対女にモテんのにな。」  俺がモテたいのは女じゃねえんだよ、と言ってやりたいがそう言うことも出来ず。「こうやって俺に話しかけてくるお前は相当の変わり者だな」とその時はこんな言葉で適当に流した。  この時期は付き合っていた男から好きな女が出来たからと別れを切り出されたこともあり、絶対にノンケとは付き合わないと心に誓っていたのだ。藤谷の顔はどちらかといえば好みではあるが、絶対に好きにならないといつも強がっていた。  その気持ちが崩れたのは逆に藤谷が俺の働いてる店舗にヘルプで来たときのこと。  「藤谷さんって大学生なんですか?」  「大学2年っすねー。ハタチになったばっかなんスよ。」  「へー!どこの大学なんです?」  コイツもあれなんだな、結城みたいに何処でも懐かれるタイプだ。  客のオーダーを通し、ドリンク場でカクテルを作りながらそんな会話を盗み聞きしていると藤谷はわざわざ俺の横まで来てそれから「美津と一緒の大学。な?」と答えた。何で俺を巻き込むんだと思いながらもその言葉を無視して出来上がったカクテルを頼んだ客の元まで運んだ。  「藤谷さん、あんまり美津さんに絡むとダメですよ。あの人怖いんだから…。」  「まあ、美津は口悪ぃし目つきだって接客してないときは悪いからな。うわ、見てみろよあの作り笑顔。」  バッチリ聞こえてんぞ。  彼らの横を通る際に藤谷に「黙れよ」と言いながら睨むと藤谷は突然目の前に腕を伸ばし、それから通り過ぎようとする俺の体を引き寄せた。倒れそうになった体は藤谷の腕の中に包まれる。  「けどま、コイツうちのとこでヘルプ来たときは前の店舗が恋しいみたいなこと言ってるツンデレ君なんで。そこのところみなさん理解してやってね。」  「ッ!ンなこと言ってねぇだろーが!」  「いてっ…ほらほら、顔真っ赤。」  ポカーンとする同僚。この場の雰囲気についていけず、逃げるように俺は洗い場へと向かった。  藤谷はああいう突拍子もないことを言ったり行動に移したりする変な奴だ。顔は好みだけど性格は全くタイプじゃない。それにノンケだから絶対好きにならない。ついさっきまでそう思っていたのに、藤谷に抱きしめられたときの体温が忘れられない。  誰も見てない洗い場で俺は自分のこの動揺を隠そうと必死になっていた。

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