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第9話

 無理やりに涙を拭き取り、少しおさまったところで彼は不安そうな顔を覗かせながら「タクシーで美津の家まで帰ろう。」と言ってきた。それにこくりと頷き、何を思ったのか俺はそのまま彼の腕をぎゅっと掴んだ。  「…一緒に、ですよね。」  少し情けない声を出しながら彼に聞けば、七瀬さんは「うん、一緒。」とまた優しく答えてくれた。それからタクシーに乗り込み、15分もかからない場所にある自宅マンションに着き、彼の腕ではなくきちんと手を繋ぎながらエレベーターへと乗り込んだ。タクシーの中で沈黙もあったからか、少し頭が冷えてきた俺は自分の右手に確かにある彼の手に今更ながら何で繋いでしまったんだと冷や汗を流しながら言葉に詰まる。どうしよう、なんて考えているうちにエレベーターは目的のフロアに着き、それから部屋の中に入ってもなお手を離せずにいた。  「…手、離したくない?」  「え、」  またしても思っていたことを読み取られてしまい、思わず七瀬さんのほうを見れば彼は俺にキスをし、軽く触れるだけのそれが離されると七瀬さんは「やっぱり可愛いよ、美津。」と言ってくる。可愛いなんて言われて本来嬉しくもなんともないのに、この人の言葉には何か魔法がかけられてるのか柄にもなく照れてしまうぐらいには嬉しくなってしまった。  *  クーラーの効いた寝室で熱い吐息を漏らす。  ベッドで横たわりながら先走りで濡れている陰茎を七瀬さんの手によって扱かれていた。自分だけじゃなくて七瀬さんも、と言ったものの、彼は美津の顔をよく見たいからとか言って自分のには一切手を伸ばそうとしない。最初はそれに少し不満を感じていたが、こうも何年も彼にシてもらったからか、今ではそんなことを考えてる余裕もなくなるほど身体中が快感で震えていた。口からだらしなく垂れてくるよだれを彼は舐めとり、それからちゅ、とリップ音を立てながらキスをしてくる。  「気持ちよさそうだね。…うん、分ってるよ。だから怒らないで。」  彼があまりにも他人事のように語るものだから少し腹を立てて隣で横になっている彼の股間に手を伸ばして掴んでやれば七瀬さんは俺の手を握ってはまたキスをする。舌を絡ませながら尿道を指の腹でなぞられた。それがたまらなくて、彼のシャツを掴み、口を離されるや否や彼の身体にしがみつく。  「ぁ…っ、あ、い…いく…、」  そろそろ限界なのを確認した彼はしがみついている俺の頭を撫でながらラストスパートへ向かうかのように陰茎を扱く手にまた力を込めた。やばい、そろそろ本当に限界かもしれない。  「美津、いっていいよ。」  その言葉に従うように上半身を彼にしがみつく形でそのまま果ててしまい、陰茎から精液が数回の痙攣と共に吐き出される。イった直後の朦朧としている意識の中で見上げた七瀬さんの顔は少し蕩けているようにも感じて、満足気な笑みを微かに浮かべていた。  乱れていた呼吸を整え、それから俺は彼を横に押し倒し、そのまま彼の服を脱がす。彼も特に拒否することなく俺の行為を受け入れていた。  脱がしたズボンから現れた彼の陰茎は先ほど触ったときのように既に勃っていて、そっと手にかけながら口を近づかせて舐めようとするも、七瀬さんは俺の顔に手を当ててそれをやめさせる。  「舐めなくていいよ。」  思えば付き合った当時からセックスをする際、彼は一度も俺にフェラをさせてこなかった。彼には何度もしてもらっているからそれのお返しとして自分もしたいと言い出したが彼が頷くことは一度もなかったのだ。それはつまりフェラが下手だからなのかと少しだけ悔しくなり、「痛くしませんから。」と自分でも声が震えるほど恥ずかしいセリフを口走る。  既に酔いは醒めたがまだ酔っているせいにしておこう。  確かにフェラの経験がほとんど無に等しかった頃はあの藤谷や結城あたりに練習させてもらったが、両方に本気で痛がらせてしまうほど俺の技術は酷いものだった。今も特別上手いという訳ではないが、少なくとも同じ男だから気持ちい場所なんて知れている。  「…美津、気持ちは嬉しいんだけど…俺は美津に舐めてもらうよりキスしてもらったり美津の気持ちよさそうなところを見たほうがずっと興奮するよ。」  「それってつまり強請っているってことですか。」  「そうだね。」  一度は否定ぐらいしろよ、と思いながら俺はそばに置いてあるローションへと手を伸ばした。  彼が見つめる中、手につけたローションを自分の中へと塗りこむ。流石に彼も驚いたようで、暫く呆然と俺の様子を見つめていた。自分で自分の中をほぐすのは正直フェラよりも慣れている。まあ、自分の体だからどこが気持ちいいのかぐらいは誰よりもよく分かっているつもりだ。  「なにそれ、どこで覚えてきたの?」  「…ッ、嫌ですか…?興奮するんですよね?」  「するよ。……本当、美津には参っちゃうな…。」  もっと顔見せて、と手を差し伸べる彼に俺も近づき、自分の中をほぐしながら小さな喘ぎ声を漏らした。  さっきの七瀬さんの『美津の気持ちよさそうなところを見たほうがずっと興奮する』っていう言葉は嘘ではなかったようで、ちらりと目線を斜め下へと向ければ彼の陰茎はギチギチに硬くなっている。自分のこの姿を見て彼が興奮していることに本音を言うと嬉しかった。  それから彼はそっと俺のお尻に手を伸ばし、彼が交代してくれるのかと思って自分の中から指を引き抜くと七瀬さんは俺の中に指を挿入させる。入ってきた指を俺の中はするりと受け入れ、それから彼は俺の気持ちいい場所を擦って刺激を与える。  「あ、ッふ…ぁ、あ…あ…、」  指で中を擦りながら彼はそっと頬に手を伸ばして、それから俺は彼にキスをした。最初は軽いキスを何度も繰り返していたが、次第に舌を絡ませるようになり正直息が苦しい。というよりもあまりの気持ちよさに気付かなかったが指が増えている。そろそろ挿入させても大丈夫なんじゃないかと思い、彼の腕に手を当ててさり気なく止めるように訴えるも彼は聞き入れなかった。  むしろ容赦なく気持ちいいそこを何度も擦り、次第に挿入前のならすための前戯は違うものへと変わっていく。このまま果てろと言われているようだ。  「ま…っ、七瀬さ…んッ、いく…、いくから指…っ、ひ…あ、あ、」  「いっていいよ。我慢して、だなんて言ってない。」  心なしか彼の口調から少し怒っているようにも感じ取れる。何で怒っているんですか、なんて聞く余裕もない俺はとにかく彼の手を止めさせようと必死になるも、言ってみれば弱点を掴まれている今の現状ではまともに力すら出ない。  情けなく内股になっている足を恨めしく思いながら彼の胸に頭を預けながら喘ぐ。なんとか果てないように下腹部に力を入れるも、それも限界が近い。何度も彼の名前を呼んでやめてくださいと訴えているも効果が全くない。  「ッい、いく、あ、あ、ッあ、ああっ、!」  堪らずイってしまう前に自分の陰茎に手を伸ばしてオナニーをしているかのように上下に動かして射精を促す。シーツに吐き出したそれは当然のように一回目よりも量は少なく、むしろそれほど間を空けずに二回も果ててしまったものだから体力の限界が近い。  そっと抱き寄せるように彼の手が肩へと伸びてきたが俺はそれを振り払った。ギロリという効果音がつくぐらいに彼を睨みつけるも、七瀬さんは少し目線を落としてから口を開く。  「…ごめんね。さっき、情けないことに嫉妬してた。」  「……は…?嫉妬?」  なんだか予想の斜め上をいく理由が飛び出たことに思わず呆然としていると、七瀬さんはそれから俺の体を抱く腕に力をいれ、それからまた語りだす。  「そう。馬鹿だって思ってくれていいよ、けど本当に情けないほどにさっき嫉妬した。…俺とセックスする時、自分で中をほぐすとか出来なかったのにすんなりと出来てしまうぐらいいろんな人と寝てるんだなって思うとね。」  いま、喜びで心臓がドキドキと痛いほどに脈打っている。その理由は言わなくても分かっていた。  いつもは彼に近寄ってくる女や客に嫉妬して、それこそ彼の知らないところで泣いてしまうぐらいにそれは辛かった。お互い付き合っているのに何で俺ばかりこんな辛い思いをしなくてはならないんだろうとすべてを打ち明けて相談出来る友人もいない。そんな孤独の中で彼が帰ってくるのをただ待っていた俺はどこかで彼も嫉妬してくれたらいいのになんて思っていた。  だから彼と再会した日の夜、彼の家まで行ってセフレがいるということを告げたんだ。あの時に自分を満たしていた黒い感情がこれなのかと分かって、彼が見えていない場所で俺は密かに喜びを胸に隠した。  「ん、んんっ、ぁ…あ、」  ローションの水音と肌と肌のぶつかるパンパンって音がひどくいやらしく聞こえる。  結局俺はやはり彼のことを嫌っているとはいえ、完璧に嫌うことが出来なかったようで「騎乗位は今も苦手のままです。」と言ってやれば彼は嬉しそうな顔で「じゃあして。」と強請った。もちろんそれは嘘ではなく、今も騎乗位は本当に慣れない。自分で動かせるのは確かにいいかもしれないが、どちらかといえばリードされる方が楽なので今まで避けてきた。  経験が少ないからか、先程から動かすたびに彼の陰茎が抜けてしまったり俺も動かし方が下手すぎてそれほど気持ちよくなかったりと正直悲惨なものだ。けどそれを七瀬さんは優しく見守っていて、その顔はどこか満足そうにも見えた。  「…笑いたいなら笑っていいですよ。下手くそでしょ。」  「うん、下手。」  「容赦ないですね。あーもう帰ってください。顔見たくない。」  「嘘だよ。俺は別に美津とセックスするとき自分が気持ちよくなりたくてしているんじゃないしね。」  その言葉に俺は思わず動かしていた腰を止めてしまった。  「美津が気持ちよくなってくれたら自分なんてどうでもいいんだよ。自分だけ気持ちよくなりたいなら自慰でもしていればいいから。」  「……そうですか。」  「まあ、酷いことをたくさんしてきたから説得力はないけどね。」  あるよ。あんたはいつだってどこまで優しいのっていうぐらいに優しかったから。  今でも彼のことを忘れられなくて泣いてしまう時がある。俺の中で本当に七瀬さんという人間は必要不可欠だった。彼から別れを切り出されるまで例えどれほど辛い日々を過ごしたとしても自分が耐えればきっと希望は見えてくると自身を励まし続けていた。とても時間が流れたぐらいでは埋まらないそれをなんとかして埋めたくて、だからこそ藤谷と結城と何度も寝て埋めようとしていたのに。  「美津、腰浮かして。」  彼の言う通りに少し腰を浮かすと七瀬さんは両手で俺の腰を掴み、それから腰を浮かして俺の中を突き上げる。  さっきまで考えていたことが一瞬にして真っ白になってしまうぐらいの快感が身体中を駆け巡り、俺は思わず自分の口元を押さえた。声が溢れて止まらない。  「ぅあ、ああ、あ、あ、んんっ、あ、」  「…っ、…美津、嘘でもいいから…好きって言って。」  「い…ッ、いわない…ひあ、あ、」  お願いだから、と彼は少し顔を歪ましながらそうお願いし、その顔に弱い俺は歯型がつくぐらい強く自分の下唇を噛み締めながら「ぁあ、あ…す、…ッ好き、」と一度だけその言葉を口にした。  それから彼の腰振りはまた一層早くなり、そろそろ限界だということに気づかされる。もうだめ、いく、と何度も言葉にすると七瀬さんはこくりと頷き、「俺も。」と言うのが聞こえてから俺は彼の腹に精液を吐き出した。飛び散らないように自分の手で押さえるも、出したそれはいつもより薄っぽく、量も少ないものだ。3回も出せばこうなるのも仕方がない。  薄いゴム越しで彼が果てている様子は何度も上に突き上げられたため分かり、なんだか今日の彼は今まで自分が知る彼とは違ってとても人間臭くて愛おしかった。  本当に力が残っていない俺は彼の上に体を倒し、互いの腹にある精液がさらに広がって汚れることなど全く考える余裕もない。七瀬さんもまた俺の体を抱きしめながら耳元で荒い呼吸を整えた。  「…ごめんね、美津。」  その四文字が何を指しているのかは直感で分かったが、俺は聞こえないふりをしてそのまま彼に抱きしめられながら眠ることにした。

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