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第1話

6月は、嫌いだ。 湿気で髪の毛は定まらないし、傘なんてさしても濡れるし、かといって持ち歩かないといけないし。 …必要な時に限って、忘れたりするし。 ぽつぽつと降ってきた雨に、凪沙(なぎさ)は昇降口でため息を漏らした。あまりに荷物が重くて、家に傘を置いてきてしまったのだ。 酷くならないうちに帰ろう。 歩き出して数分後。 ザーッという音と共に、突然大降りになりはじめた。 大粒すぎる雨のせいで、目を開けるのさえ困難だ。いつもの帰り道のはずなのに、全く違う景色に映る。 これはもう水浸しだな。リュックが防水でよかった。 霞んだ視界の中を、半ば勘で進んでいく。一歩一歩、いつもの帰り道が、途方もなく感じる。 横断歩道、この辺だったかな。白いラインをかすかにとらえ、足を踏み出した。 「危ないっ!」 突然背後から声が聞こえ、強い力で右手を後ろへと引っ張られた。刹那、クラクションの音とともに、目の前で大量の水しぶきが上がる。 何が起こったか理解した後、心臓がばくばくと止まらなくなった。 もしこの手がなかったら、確実にひかれていた。血の気が引くような感覚になる。 依然右手はほのかな温もりに包まれている。 「あ、ありがとうございます。」 振り返ると、凪沙の周りで雨が止んだ。 濡れた袖でガシガシと目をこすると、視界に入ってきたのは背の高い男性で、凪沙は彼のさす傘の中に入っていた。 「随分と濡れているね。小降りになるまで私の家で雨宿りしていきなさい。」 にっこりと微笑んで。男は繋いだままの凪沙の手を引いた。 端正な顔立ちに、男性にしては華奢な体。俳優と言われても全く違和感がないほどに綺麗な男だ。 それのせいだろうか、もしくは命を助けてもらったからだろうか。凪沙はなんの疑問も持たず男の手の引く方へ足を向けた。 …体が熱い。熱でもあるみたい。そもそも人と手を繋いだのっていつぶりだろう。 目の前にある日本家屋に、2人は入っていった。 無言で歩いた数秒間は静かで、ただ雨の音が強く強く響いていて。 家の戸を開ける前になって、男は凪沙から手を離した。離れたところから入り込んできた冷たい風に、少し切なさが残る。 …もう少し繋いでいたかったな、なんて、心の奥で考えていた。

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