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第2話

「あら先生、お客さ… びしょ濡れじゃない!タオル持ってきますね!」 男が引き戸を開けると、中からは中年の女性が顔を出した。凪沙を見るなりたたっと中へ入っていく。 彼女が男を先生、と呼んでいたことが気になったが、雨宿りをするだけなのにそれを聞くのは図々しい。 男の方を見ると、彼は傘を置き靴を脱ごうとしていた。 「これ使って。しっかり拭いてから中に入るのよ。」 男に何か話しかけようとしたが、話しかける前に女性が戻ってきてバスタオルを渡してくれた。 「ありがとうございます。」 礼を言った凪沙に、女性は驚いたように目を丸くする。 「あの、どうかしましたか?」 「…い、いえ、なんでもないわ。」 気まずそうな反応で、凪沙は彼女の考えを把握した。凪沙のことを不良だと勘違いしたのだろう。 凪沙の髪色は明るい。 今までずっと根暗だったから、高校になったらデビューしようと暗めの金に染めたのだ。 結果、見事に浮いた。そのせいか入学後の友達づくりにも失敗してしまって。元に戻すにも踏ん切りがつかなくてそのままにしている。 やっぱり戻した方がいいのだろうか、と思う。凪沙だって、この髪は嫌いだ。 全部半端な、ただ何もつかめずに生きている自分を表しているみたいで。 「ね、私もびっくりしたよ。」 靴を脱ぎ終わった男が、突然そう言って女性に笑いかけた。 「とっさに手を掴んじゃった子の髪色が派手で、驚いたんだけどね。 律儀にありがとう、なんて言ってくるから、人を見た目で判断しちゃいけないと反省したよ。 ほら、早く拭きなさい。せっかくの綺麗な髪が傷んでしまう。」 「わわっ!」 彼はそう言いながらふぁさっとタオルを被せ、凪沙の髪の毛を丁寧に拭っていった。ふわりとした感触と、柔軟剤の香りに包まれる。 それから凪沙は彼の家の中で、しばらくの時間を過ごした。 彼の名は時雨(しぐれ)、というらしい。有名な小説家で家で仕事をしていることが多く、2、3日に一度お手伝いさんに家事諸々をしてもらっているそうだ。 「これをどうぞ。」 小降りになって帰ろうとすると、時雨に傘を差し出された。 「あの、でも… 」 悪いし…といいかけた凪沙の唇を、時雨が人差し指を当てて封じた。 絵になる男のドラマのワンシーンのような行動で、凪沙の頬はバラのように顔真っ赤に染まる。 「まだ降っているから持って行きなさい。返さなくてもいいけれど、返す時にはいつでもここへ。」 「は、はい。ありがとうございましたっ!!」 熱を持った真っ赤な顔に気づかれたくなくて、凪沙は受け取った傘をささずに雨の中を駆け出した。 「凪沙くん!傘っ!」 微かに聞こえた時雨の言葉は、凪沙には聞こえない。 小さな雨粒を浴びながら、思いを巡らせた。 とても不思議な時間だった。頭がふわふわして、今もまだ夢の中にいるような心地がする。 驚くほど温かな空間。よくわからない初めていた場所なのに、まるでずっと前からそこにいたような…。 「明日、返そう。」 誰もいない家に着いてシャワーを浴びたら、凪沙はいつものように課題をはじめる。 なんの目標もなく、ただ与えられたことをこなす日々。 そんな日常に起こった小さな出会いは、凪沙にとってたとえばミサンガが切れた時のような、小さくて大きな幸せだった。

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