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第1話 雨とコンプレックス

 雨が嫌いだ。  濡れたシャツが肌に貼りつくのも、空気がじっとりしているのも、髪がボサボサになるのも全部苛々する。  梅雨の時期なんか、もう最悪だ。毎日毎日朝から雨が降って…… 「ああ~もう、我慢できない~!!」 「ど、どーしたののんちゃん?いきなり大声出して。おしっこ?」  オレがいきなり叫んだから、放課後教室で向かい合って課題をやっていた親友のすずが、大きな黒目をぱちくりさせながらオレを見た。 「違うよ……」 「えっじゃあ何が我慢できないの?この課題?でものんちゃん数学得意だよね、むしろ教えてもらってるのぼくの方だし……あ、ぼくに教えるのが嫌になったってこと?」 「待って待って違うから!我慢できないのは雨だよ!」 「え?……ああ~」  雨という単語を言っただけで、聡い親友はオレが叫んだ理由まで一瞬で理解してくれたようだ。さすが、長い付き合いなだけある。 「雨のせいで前髪が顔に貼りついてうっとおしい……家では結んでるからいいけど、学校じゃそういうわけにもいかないしさ……」  斉賀希(さいがのぞみ)、15歳。自分の顔面にコンプレックスを持つ高校一年生だ。  そのコンプレックスとは……れっきとした男なのに、初見で百パー性別を間違えられるくらい、女顔なこと。  この顔のせいで今まで散々な目に遭ってきた。女子からは『男の癖に可愛くてムカつく』と言われ、男子からは『女みたいで気持ち悪い』と言われ……。 そんなオレと仲良くしてくれたのは、中一のときに他所の県から引っ越してきた山田清白(やまだすずしろ)君こと、すずだけだった。  高校ではイジメられることのないよう、春休みに前髪を目の下まで伸ばして入学した。同じ中学からこの高校へ進学した生徒は割と少ないから、オレの素顔はまだほとんどの人にバレていない。けど、梅雨の時期のうっとおしすぎる前髪に、そろそろ限界が来ていた……。   「もうその前髪、切っちゃえば?」 「え!?嫌だ!顔見られたら中学の時みたいにいじめられるに決まってるよ」 「え~そう?もう高校生なんだし、いじめる奴なんているかなぁ」 「う……」  そう言われると、そんな気がしてくる。   「もうさぁ、堂々としてればいいと思うよ?美少女顔なんて人生勝ち組じゃん!うらやましい!いっそぼくが代わりたい!」 「すず……」  オレと変わったところで、すずも普通に可愛いからあまり変わり映えしなさそうだけど。 「のんちゃん、高校デビューだよ!思い切って素顔をさらけ出して、勝手にファンクラブとか作られて男に貢がせてやればいいじゃん!」 「すずぅ……」  もう高校に入って二ヶ月も経ってるのに、今更高校デビューと言われても……って、突っ込むところはそこじゃない。ちゃんと分かってる。でも今は突っ込む気力がない。 「ところでのんちゃん、顔隠すのにメガネはダメなの?」 「え、だってオレ視力いいし。伊達メガネって邪道じゃん」 「こだわりがあるんだねぇ」  すずの言ったとおりもう高校生なんだから、オレの顔を馬鹿にしたり、イジメたりする奴はいないかもしれない。  現に今のオレのビジュアルは、うっとおしい前髪のせいで自分でも鏡を見たらギョッとするくらい暗くてキモい。だけどクラスメイトは皆優しくて、イジメられるなら既にイジメられているだろう。    そう自分でも納得したオレは、このうっとおしい前髪を切ることに決めた。  けど、やっぱりそれがマズかった……。

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