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第3話

「あの日も明日にはまた教室で真島の顔見れんだなあって。 七瀬とモメてたくせにそんなこと思いながらオマエんち眺めて。 で、コンビニでペプシ買って帰ろうって」 灰谷はたんたんと話す。 「交差点に差しかかった時、なんかがピュッと飛び出したんだ。 たぶん猫だと思うんだけど、あっと思ったらハンドル切ってて。 強い衝撃がきた。 で、気がついたら、浮かんでたんだ」 「浮かんでた?」 「多分あの電柱の上辺り。そんな視界だった」 灰谷の目にはその時の光景が見えているようだった。 「グチャグチャになったバイクと少し離れた所に転がったヘルメット、頭から血を流したオレの着ぐるみが見えたんだ」 「着ぐるみ?」 「なんだかダランとして、オレのカラダのはずなのに、まるで着ぐるみみたいに見えたんだ。 あそこに戻るのかな、痛そうだなあヤダなあって思った。 そっからバタバタして。コンビニから人が出てきたり、救急車来たり。 でな、オレ、死ぬんだなって思ったんだ」 「…」 「そしたらさ、やり残したこと何かなって。次に気がついたらオマエんちの前に立ってたんだよ」 「灰谷」 「ノド乾いた。ペプシもらおう」 灰谷がお供えの中のペプシを取り上げる。 「おい、それお供え」 「誰へのお供えだよ」 「ああ。どうぞどうぞ」 「ダチョウ倶楽部か」 プシュ。ゴクゴク。 「ぬるい」 「そりゃあな」 「しかし、おかしなもんだよな。死ぬってわかってはじめてオマエんちに行くことができた」 「……」 灰谷はオレの顔を見つめた。 「オマエにはなんか…悪かったな」 「何が?何が悪かったんだよ」 「……」 灰谷はペプシを飲んだ。 そして明るい声で言った。 「しかし、いろいろあるな。お菓子とか花とか。もうずいぶん経つのにな」 「…みんなオマエのこと忘れてないんだよ」 「この花なんて言うんだっけ」 供えられたばかりみたいに見える小さくてカワイイ花束。 「ガーベラ」 「よく知ってんな」 ピンクのガーベラは七瀬を思い起こさせた。 色白で小さなカワイイ七瀬…。 灰谷の最後の女だった。 「お前にはじゃあ、こうだ」 灰谷はガーベラの花を一輪とると、オレの耳の上にはさんだ。 「真島~カ~ワイイ」 「カワイくねえよ」 オレはガーベラをとって花びらをむしった。 「あ~あ~オレのお供え~」 全部むしってやる。 灰谷がオレの顔をのぞきこんだ。 「オマエ、またなんか良からぬことを考えてるだろ」 「考えてねえよ」 なんでわかるんだ…。 「じいさんと花子さ」 「え?」 「どうしてあんな時間に散歩するようになったのか聞いたか?」 なんで今その話? 「いや。そう言えば早いよな散歩にしては」 「はじめは6時頃行ってたんだって朝の散歩」 「うん」 「それが散歩が楽しみすぎて花子がどんどん早起きになったんだって。で、早く行こうってキュンキュン鳴くんだってさ」 「へえ」 「近所迷惑になっちゃいけないって花子に合わせてたらしいんだけど。それが5時になり4時になりとうとう深夜の散歩になったんだと」 「たいへんだ~」 「そのうち夕食後の散歩になるんじゃないかって、じいさん言ってたわ」 「ククク」 「カワイイよな」 「うん」 「手がかかるけどカワイイ」 灰谷はオレの頭をグリグリと撫でた。 「灰谷」 「ん?」 「オレを花子といっしょにしてる?」 「ん~?してねえよ」 「クンクン鳴けばいつでも会いに来てくれるのかよ。早く迎えに来てくれるのかよ」 「来ないよ」 即答か。 「ク~ン」 「やめろ」 「クーンクーン」 鳴きながら灰谷にカラダをこすりつけた。 「やめろって」 灰谷は笑いながらオレの頭とのどをワシャワシャと撫でた。 「よ~しよ~し」 「ムツゴロウか!」 灰谷の腹に抱きついて顔をグリグリとこすりつけた。 ぎゅっとしがみつく。 灰谷が頭を撫でてくれた。 ずっとこうしてたいな。ずっとず~っと。 「おい、ちょっと歩くか」 「うん」 オレは、しがみついたまま離さない。 「お~い」 「うん」 もっともっとこうしてたかったけど、カラダを離す。 灰谷がオレの手を引いて歩き出す。 「陽の光の下を歩きたかったけどな」 「うん」 「でも月がキレイだからいいか」 「うん」 キレイな満月だった。 「学校どうだ?」 「別に。変わんないよ」 「そうか」 「あのな灰谷、オレ、あのアパート引っ越すんだ」 「うん」 「母さんだけ日本に先に帰ってくることになって。一緒に暮らす」 「そっか」 「このあいだ一時帰国してさ」 「うん」 「オレの顔見た途端にポロポロ泣いて参ったよ。カラダが半分になっちゃった~だって。大げさだよな」 「…ちゃんとメシ食え」 「あの部屋にいたかったな。灰谷との大切な思い出の場所だから」 二人、黙ってしばらく歩いた。 「…真島、学校行こっか」 「え?」 「行こうぜ」

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