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第3話 女の子って何でできてる?
一限目は英語だった。
男子校ってのは教室の中には男子しかいない。
って当たり前か。
若い男の汗くさいニオイに満ちている。
女子高には甘いニオイが満ちてんのかねえ。
What are little boys made of, made of?
What are little boys made of?
Frogs and snails
And puppy-dog's tails,
That's what little boys are made of.
黒板にはこんなフレーズ。
担任でもある田中が流暢に読み上げたかと思うと、すでに爆睡している佐藤の頭を教科書ではたいた。
「イタッ!!」
佐藤が飛び起きる。
「佐藤、訳は?」
いちべつした佐藤は言う。
「わかりません!わかる気がしません!」
「だろうな。お前の長所は正直なとこだ」
「へへ」
「褒めてない。勉強しろ佐藤。んじゃあ橋爪。訳言ってみろ」
指された橋爪がボソボソと答える。
「男の子ってなんでできてんの?
男の子ってなんでできてんの?
カエルとカタツムリと仔犬のシッポ
男の子って、そいつでできてる」
「ちょっと訳文くだけすぎだけどまあ、正解」
へえ~スネイルってカタツムリなんだ。知らなかった。
「お前らはカエルとカタツムリと仔犬のシッポでできてるんだな。あ~気持ちワリィ」
『先生はなんでできてんの?』
声が飛ぶ。
「オレか?オレは~酒とタバコと倦怠と~」
小さな笑いが起きた。
「って……まあ、オレはいいんだよ。続きな」
What are little girls made of, made of?
What are little girls made of?
Sugar and spice
And all things nice,
That's what little girls are made of.
「じゃあ次は~灰谷。訳」
おっ、灰谷。
「女の子って何でできてる?
女の子って何でできてる?
砂糖とスパイスとステキな何もかも
女の子って、それらでできてる」
灰谷はスラスラと答えた。
あいつ英語得意だからな。
「ハイ正解。女の子って砂糖とスパイスとステキでできてるんだと。知ってたか~」
『先生の奥さんは~?』
また声が飛ぶ。
「うちの奥さんか~?過食と昼寝と手抜き家事……っておい!何言わせんだ」
『座布団一枚』
「山田くん、座布団持ってきてって……大喜利か!」
教室内が緩やかな笑いに包まれた。
「ハイハイ。んで、この詩には続きがある。調べて次回誰か発表してもらう。出典が何かも調べろ~。まあネットで調べりゃすぐだけどな」
田中は授業前に時間を割いて、たまにこういうことをする。
もうすぐ期末だってのに。
でも、たまに心に残る詩があったりもする。
そいつが時々頭の中でくるくる回る時がある。
田中なりの受験英語に対する……まあどうでもいいか。
「んじゃお遊びはここまで。テキストに入る。ページ……」
男の子はカエルとカタツムリと仔犬のしっぽ。
あ~グロテスクで気味悪っ。
女の子は砂糖とスパイスと“all things nice”、ステキな何もかもだっけ?
灰谷、よく訳せたな。
ステキな何もかもね。
さぞかしステキなことが待ってるんでしょうねえ~灰谷く~ん。
オレはいつものように、窓際の一番後ろの席に座る灰谷の横顔を見る。
灰谷は背が高いからいっつも一番後ろ。
子供の頃は同じくらいの背だったのに、中学の終わり頃、抜かされた。
そんで抜かされっぱなし。
下の方もね。
あ、下ネタ。
思えばあいつがオレの背を抜いて、男っぽい体つきになってきた頃からだと思う。
第二次性徴期ってやつ?
オレはあいつが。
灰谷が。
好きだ。
好きで好きでたまんねえって気がついたのは。
これがなんかホルモンのバランスのせいなのかなんなのか知んないけど。
だからって抑まるもんじゃないんだし。
勃つものは勃つ。ヌく。
小学校からの友達をオカズにそんなこと……と思わなくもないけど。
ただの性欲処理。女よりヌケるってだけのこと。
この灰谷くんへの背徳感がたまんねえ~ってチャカしてみるけど抑まらない。
好きだ。好きだ。好きだ。
灰谷を思うと、この言葉しか出てこない。
好きだ灰谷。好きだ。好きだ。好きだ。
なぜかいつも三回。なんでだろう。
と、その時、灰谷がふいにこっちを見た。
――目が合った。
アセったオレはおっぱいをつかんで乳を吸うジェスチャーをする。
灰谷が無表情のまま中指を下から上へ突き出して見せた。
古い。
ファックオフってやつ。
母ちゃんの時代より前のやつ、多分。
灰谷んちの母ちゃんもファンキーだからね。
しばらくあいつの方は見れねえな。
昨日……だよな……多分。
オレと灰谷と高梨明日美は同じコンビニでバイトしてる。
バイクが欲しくて始めたバイト。もう三ヶ月になる。
灰谷を誘ってオレがはじめた。
で……だ。
昨日は元々オレと明日美ちゃんのシフトだった。
そこをオレが灰谷に代わってもらった。
なぜかって?
理由は簡単。行きたくなかったからだ。
うちでゴロゴロしていたかった。
で、その結果、二人はくっついた。
まだ灰谷返事してねえか。
いや、でもまあそうなるだろ。
ん~いつか来るべき時が来ただけじゃんオレ。
いつまでも<このまま>じゃいられない。
もう一度灰谷を見る。
あいつの横顔。
短い髪、太い眉、尖った鼻、引きしまった口元、アゴのライン、首のライン、喉仏。
太い首、広い肩、すっと伸びた背すじ、胸板、腕の太さ、デカイ手、長い指。
なんでこんなに好きなんだろう。
なんでこいつじゃなきゃダメだなんて思ってしまうんだろう。
まるで病気か呪いだ。
ふいにまた灰谷がこっちをみた。
そしてオレの後ろを指さした。
え?何?
頭に衝撃。
「イタっ」
田中に教科書で叩かれたのだった。
「真島~よそ見しすぎ。次回の発表オマエからな」
「え~」
「え~じゃない。解釈もしてこいよ」
「え~」
めんどくせえ~。
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