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第4話 ずっと二人

昼休み。 教室で弁当食ったあと、一人抜けて屋上。 六月の終わりだってのにこう暑いと誰もいねえ。 なんかあいつらと、まあ、灰谷といっしょにいたくねえ。 どうにも気持ちが落ちこむ。 そうだ英語のやつ、片付けちゃおう。 スマホを取り出す。 ググるか。 ええと、なんだっけ? “男の子ってなんでできてる” 検索。 『マザーグースのうた』 おおっ、マザーグースじゃん。 ってマザーグースって何よ。 検索。 『イギリスやアメリカを中心に親しまれている、英語の伝承童謡』 「へえ童謡ねえ」 「動揺してんじゃねえよ」 上から声が降ってきた。 見上げれば灰谷。 ちょっとムスっとしている。 「してないから……って何が?」 「いや、べつに」 ムッツリとした顔で隣に座る。 これは何か話したいことがある顔だ。 いつもならこっちから話を振ってやるけど今日はしねえ。 オレはスマホの画面からから目を離さない。 「暑いっ。なんで屋上なんかにいんだよ」 「うるせえな。暑いなら教室帰れ」 灰谷は手に持ったコーヒー牛乳のストローをチューチュー音を立てて吸った。 「節子に弁当うまかったって言っといて」 「おお」 「……高梨さんのこと、朝、オマエに言おうと思ってたんだけど」 「ああ。いいよべつに」 オレは灰谷の顔を見ない。 チューチュー。 「オマエ……もしかして好きなの? 高梨さんのこと」 ああ、それ気にしてたんだ。 「いいやあ。べつに。おっぱいはそこそこでいい。つうかあんまりないほうがいい。つうかなくてもいい」 「ないと困んだろ」 「困りはしねえだろ。ガッカリするだけで」 「まあな」 チューチュー。灰谷がコーヒー牛乳を吸いあげる。 しばらくして灰谷は言った。 「……本当にいいか?」 「何が?」 「オレ、高梨さんと付き合って」 それをオレに、オマエが聞くのかよ、と言えるわけもなく。 「……いいんじゃないの。断る理由がないんなら~」 「……」 これくらいのイヤミは許せ。 「あっ、でもオレ、三人で遊ぶとか、もうしねえからな」 「なんで」 「なんでってヤだよ。カップルに割りこむの」 「割りこむって。もともと三人だったし」 違うよ。 もともと二人だったし。 ずっと二人だったし。 これからも二人だと、なんかどっかで思ってたし。 とは言えるわけもなく。 「だから~付き合うって、そこを二人にするってことだろ。オレは外れたの。あとはよろしくやって」 そうだよ、三人で会ってたのが、二人くっつくっていうなら、オレはいらない、二人きりで会いたいってことだろ、ようするに。 「なんだよ。つまんねえなあ」 灰谷はなんか納得ができない、みたいな顔してたが知るか。 「あ~ダリィ。ダル山ダル之介~」 風が吹き抜けた。 「で、わかった?続き」 「何が?」 「英語のやつ調べてたんじゃねえの?」 「ああ。う~ん。ええとぉ~。What are young men made of, made of?」 「めんどくせえ。訳は」 オレは訳文を読み上げる。 「“男の人って何でできてる?  男の人って何でできてる?  ため息と流し目と嘘の涙  男の人って、そいつでできてる”」 「ため息と流し目と嘘の涙。なんのこっちゃ」 本当になんのこっちゃだな。 「う~ん。まだ続きがある。 “女の人って何でできてる?  女の人って何でできてる?  リボンとレースと甘いかんばせ  女の人って、それらでできてる”」 「かんばせって?」 「顔」 「ふう~ん。リボンとレースと甘い顔かあ」 高梨明日美にはあるんじゃねえの。 「結局男はレースとリボンと甘い顔に弱いってことなんじゃないの。これ作ったの、ぜってえ男だな。つうか女がこんなもんだけで出来てるわけねえじゃん」 「うちの母ちゃんにはないものだな」 灰谷が言う。 「リボンもレースもピラピラして、うっとおしいつって引きちぎりそう」 「あっ、そんな感じ、灰谷の母ちゃん。カッコイイよな」 灰谷んちは母一人子一人ってやつで、母ちゃんは例えて言うなら天海祐希。 ハンサムウーマンって感じなんだ。 キャリアウーマンでバリバリ稼いでて海外なんかも飛び回っててあんまり家にいない。 家だって古い戸建てのうちとは違ってオートロック付きのタワーマンションに住んでる。 灰谷は一人暮らしみたいなもんで、おこづかいもたっぷり。 オレとしちゃあかなりうらやましいけど、なぜか灰谷はオレんちに入り浸ってる。 「その点、節子は好きそうだよな、リボンもレースも」 「ババア、あれで乙女趣味あんだよ。なんかピラピラついたエプロン着てたり。いい歳して気持ち悪っ」 「そっか?オレ、節子好きだわ。カワイイし。オマエに似てるよな」 ドキッ。なんだそれ。 「オマエ、節子似だよな。顔とか」 「ああ~まあそうだわな」 「節子カワイイわ~」 なんだよ……それってオレの顔もカワイイってことになんだぞ。 「ババアだっての」 「あ~あ~オマエに妹でもいればな」 「いればなんだよ」 「嫁にする」 「なんだそれ」 「真島家の一員になる」 「え?婿になるの」 「なってもいいよ。節子が義理のお母さんだろ。おじさんも優しいし」 「オレが義理の兄だぜ。弟よ。カネ貸せ」 「お義兄さん、返さないからイヤです」 痛イ。 「オマエとも家族になってずっといっしょにいられるし。いいよな」 痛イ 痛イ 痛イ 痛イ。 胸が痛イ~~。なんてこと言うんだ。 でも負けねえ! 「マコは君にやらん!」 「……まこ?」 灰谷が怪訝そうな顔をする。 「真島マコ」 「もしも妹がいたら?」 「おう。真島マコ。真島(まこと)に続く『ま』シリース第2弾。まじままこ」 「語呂いいな~。真島マコ」 「だろ」 「つうか、(まこと)の『と』をとっただけじゃん」 「バレたか」 「でもいいな。つーとオレは真島健二になんのか。ゴロもいいな」 よくねえよ。アホか。 灰谷、こいつ時々本当にアホなことを言う。 そういうとこも好きだ。 ……ってオレ、心の中ならなんでも言える。 いつか外にあふれ出たらどうしよう。 信頼と実績のあるオレたちの関係。 それを守り続けることが当社の一番の基本理念であります……って。 ……胸が痛いよ。灰谷。 ♪キーンコーンカーンコーン。 「あ、予鈴鳴った。急ぐべ」 「ああ」 灰谷が先に歩き出す。 灰谷の背中。汗で張り付いたシャツ。 無防備な首筋。 汗の浮かんだえり首。 その大きながっちりした後ろ姿に飛びつきたくなる。 ガシッと抱きしめて灰谷の汗でベタベタになりたくなる。 オレの汗でベタベタにしたくなる。 とんだ変態野郎。それがオレだ。 階段を降りる灰谷の背中。 蹴り落としたくなる。 愛しくて 憎い 灰谷の背中。

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