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第22話 アスミルクとペーター灰谷

世界は止まらない。回り続ける。 ダラダラダラダラとオレの首を真綿で絞めるように続く。 七月に入って期末試験。 これさえ終わってしまえば試験休みに夏休み。 長い長い休みがやってくる。 いつもなら楽しいはずの休みも今年は期待できそうにない。 灰谷と明日美ちゃんは相変わらず続いていた。 「んでんで?どうなのよ灰谷、明日美ちゃんとはさ」 「どうって?」 「何か進展はありましたかっての」 「別にねえよ」 「別にねえよって。なくてどうする男の子」 学校の休み時間に例によって佐藤が灰谷にカラミ始めた。 「チューとかチューとかチューとかさ」 「ネズミかチューチューうるさいぞ佐藤」 「いいから、中田はだまってろ」 「したんだろチューくらい」 「ふう」 灰谷はため息をついた。 「なんだよ、そのふうって。してねえの?できねえの?ゴム使ってねえの」 「ノーコメント」 「ノーコメント!モテるやつはすぐこれだよ。経験は共有してこそ明日に活きるわけよ」 「オマエがその経験を活かす日はいつくんのかね。一生来なかったりして~」 「うっせえ中田!おう真島、オマエはなんか聞いてんだろ。教えろよ~」 オレに振ってきた。 「まあまあ佐藤、ペーターはちゃんとお仕事してるから大丈夫だよ」 「ペーター?」 「あれ?ハイジに出てきたペーターってウシ飼いじゃなかったっけ?」 「ハイジ。アルプスのなんとかいうやつ?あれは確かヒツジ飼いじゃねえ?」 「ヤギだよヤギ」 「おっ、中田物知り博士。年の功」 「同い年だっつーの」 「まあとにかく、ペーター灰谷はアスミルクの搾乳に余念がないとよ」 どうだ! 「搾乳?」 「アスミルク。明日美のミルクでアスミルク?」 「さ……搾乳……」 「ペーター灰谷」 ――。 ギャッハッハッハ。 佐藤と中田の笑いが教室内に響き渡った。 佐藤だけではなく普段は割とクールな中田も笑い転げた。 やった!!ウケた。 灰谷は……と見れば。 ちょっと呆れ顔。 「オマエら人の彼女をアスミルクだの搾乳だの。誰がペータ灰谷だ、ざけんな」 「真島、名付けセンス神。アスミルクとペーター灰谷、AVか!」 「つうか搾乳っていうワードがもう……プププ」 「おいなんだよ中田まで。ひでえな」 その時、♪~と灰谷のスマホが鳴った。 「おっ、アスミルクから乳が張ってしょうがねえってLINEか、ペーター灰谷」 「殴るぞ佐藤」 「殴っちゃいや~ん。ペーター優しく搾って~」 「おっ、そのタイトルいいじゃん」 「アスミルク&ペーター灰谷の『優しく搾って』now on sale チェキラッ」 ギャハハハハ~~~。 ゲスの極みだったが、こうやってギャグにでもしないとやってけねえオレがいた。 「オマエら後で全員ぶっ殺す!」 殺し屋のような目で言い放つと灰谷は電話に出た。 「もしもし……いや、なんでもないよ……どうした?」 バイトのシフトがカブらなくなったから、灰谷と明日美ちゃんが今どんな感じのかはわからない。知ってるのは二人が寝たことくらいだ。 んで、そうなった原因の一部はたぶんオレ。 明日美ちゃんをイジメたくて、『初めて』をあげちゃえば灰谷は大事にするよ、なんてそそのかして墓穴を掘った。 灰谷はオレのこと探しに来てくれたのに会えなくて、オレは……初めて会ったおっさんに処女を捧げました。 サイテー。 灰谷に特に今までと変わった感じはない。 いや……まあでも少し男っぽくなったかも。 端的に言えばちょっとエロい。 性生活の充実? いや知らないけど。 そんなことを感じさせなくもない。 「わかった。じゃあ明日。うん」 電話を切った灰谷がニヤニヤ見ているオレたちを見て言う。 「オマエら何見てんだよ」 「は?なんだよペーター灰谷。見てねえし」 「見てんじゃねえか。つうかペーターやめろ」 「つうか見たっていいだろ~。何何なんて?アスミルク」 灰谷はボソッとつぶやいた。 「搾乳依頼じゃねえからな」 ――。 ギャッハッハ~。 「搾乳依頼!」 「搾乳依頼!」 オレたちはまたしてもゲラゲラ笑い転げた。 「オマエ狙ってたべ、搾乳依頼」 「ちょっとな」 なんだよ、灰谷だって気に入ってんじゃん搾乳。 「で、なんだってアスミルク」 「アスミルク言うな。明日いっしょに試験勉強しないかって」 「試験勉強~?範囲違うべ」 「わかんねえやつだな佐藤。口実だろ」 「何よ。何の口実だよ中田」 「さっ……ククク……搾乳の……ギャハハ」 中田が腹を押さえて笑う。 「ダメじゃん中田、言う前に笑ってんじゃん。そこはこらえなきゃ」 「ダメだ。オレ、ツボ……ククク」 「オマエら言いたいだけだろ搾乳って」 「灰谷だって言ったじゃん」 「ペーター灰谷、搾乳に行って来い」 「ペーター言うな」 ん~バカ話はいいな。 こうしてると今までと変わらねえんだけどな。 試験勉強か。 まあ、いっしょにいたいっつうことなんだろうな。 * 学校帰り、灰谷はオレをいつものようにチャリで家まで送り届けてくれた。 「真島、週末オマエもうちで勉強……」 「行かねえ」 「わかった」 何回かに一回は一応、礼儀みたいに明日美ちゃんと会う時にいっしょにどうかと誘ってくる。 オレはその度に断っている。 「んじゃな」 「おう」 チャリで帰っていく後ろ姿。 灰谷は大体振り返らない。 振り返らずに手だけを振る。 オレが見てるのをわかってるみたいに。 オレもオレだった。 すぐに家に入ればいいのに。 オレはここのところ、あいつの後ろ姿ばかり見ている。

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