19 / 154
第19話 帰れない②
シャワーの音が止まった。
オレは起き上がって、ベッドのフチに腰掛ける。
バスローブを着て男が出てきた。
「大丈夫?」
灰谷と同じこと聞くな。
「大丈夫です」
男は横に座って、ふう~と息を吐いた。
「本当に、いいの」
「いいです」
男はオレの頬を撫でた。優しい目だった。
男相手にこんな表情されたのは、生まれて初めてだった。
女の子ってこういう時、いつもこんな顔で見られてるのかな。
灰谷も明日美ちゃんに、こんな顔してんのかな。
男は言った。
「思えるならオレを君の好きなやつだと思ってもいいよ。目を閉じててもいいし、名前を呼んでもいい。イヤだと思ったらすぐに言って、やめれるうちはやめるから。君のトラウマになりたくないし。ただ、気休めかもしれないけど。これはセックスだよ。ただのセックスだ。それ以上でもないし、それ以下でもない」
ただの……セックス……。
「……なんでそんなに優しいんですか」
「優しくなんてないよ。これは優しさなんかじゃないんだ。……君はたぶんオレだから。何年か前のオレだから」
男はオレにキスをした。
ふわりと優しかった。
ベッドに押し倒された。
ふわりふわりとしたキスは首から胸に降りてくる。
灰谷。灰谷。灰谷。
オレは目をぎゅっと閉じた。
*
灰谷はやきもきしていた。
真島は電話に出ないし、LINEに既読もつかない。
もう一度電話するかと思った時、シャワーの音が止んだ。
明日美がバスローブではなくバスタオルを巻いて出てきた。
恥ずかしいのだろう。
頬は赤く染まり目を伏せ、泣きそうな顔をしている。
そんなに頑張らなくてもいいのに……。
灰谷の前まで歩いてくると、明日美は震える声で言った。
「灰谷くん、やさしくして」
灰谷が腕にふれるとピクリとカラダを震わせた。
カワイイな。
オレなんかにそんなに緊張して。
灰谷は思った。
そっと抱き寄せるとプルプルと全身が震えた。
小さなアゴに手をかける。
見上げる目が赤く潤んでいた。
小さなぽってりした唇に口づける。
柔らかい唇。
そのあとは衝動が灰谷を突き動かした。
一瞬、真島の顔が頭をかすめたが、すぐにそれは消えた。
ともだちにシェアしよう!