32 / 154
第32話 不眠
自分がこんなに繊細だとは思っても見なかった……。
それとも灰谷にすまないという潜在意識がそうさせるのか。
それとも城島さんのイメージがオレの中に鮮烈に残ってしまったからなのか。
その日からオレは夜毎、悪夢にうなされ続けた。
いつも寸分違わず同じ死刑台の夢。
この夢の怖いところは何も起こらないという事だ。
それでもいつ、足元の扉が開いて、ロープに吊るされるかわからない。
そう、まるで死刑囚。
オレは眠るのが怖くなり、次第に眠れなくなった。
でもバイトは休めない。
とにかく昼間は眠くて眠くてしょうがない。
目を閉じたらうっかり眠っちゃいそうなぐらい。
でも、夜、ベッドに横になると目が冴えてしまっていつまで経っても眠れない。
そしてやっとウトウトしたと思ったら、ほぼ確実に死刑台の夢……。
――次第に消耗していった。
バイト帰り、オレは家に帰る気にもなれずに、ついフラフラとあの公園へ。
城島さんは……いた。
相変わらず淋しそうに、一人ベンチでビールを飲んでいた。
城島さんの姿を見て、なぜか心からホッとするオレがいた。
「真島くん」
オレを見つけると城島さんは小さく微笑んだ。
「こんばんは」
「こんばんは」
オレは城島さんの隣りに腰掛けた。
「暑いね。ビール飲む?」
「いえ」
「チューハイ?」
「いえ。飲むとたぶんすぐ寝ちゃうと思うんで」
城島さんがオレの顔をのぞきこんだ。
「ホントだ。疲れてるね。大丈夫?バイト、キツイの?」
「バイトは……まあキツイけどなんとか」
「バイトはってことは。どうした?なんかあった?」
心配そうな顔。
「はあ。それが最近あんま眠れなくて」
「不眠症?」
「なのかな。夢が強力で」
「夢?どんな夢?」
話していいものか悪いものか……。
「耳元で風の音がヒューヒューいう夢」
「風の音?」
「覚えてないっすか」
城島さんは眉間にシワをよせた。
記憶をたどっているようだった。
「ごめん。この間オレなんか言った?覚えてない」
「そうっすか。オレが吐いたのは覚えてる?」
「ああ。それは覚えてる。さすがに」
「すいませんでした」
「いやあ、未成年に飲ませちゃったのオレだし」
「そうっすね。オレが警察に駆けこんだら城島さん前科がつくな」
オレはわざと明るく言った。
「そうだな」
「淫行罪とか」
「だねえ」
「冗談ですよ」
「わかってるよ」
城島さんは軽く微笑んでグビグビとビールを飲んだ。
あ、ノドに流しこむ感じ。
うまそう。
「プハーっ。……ああっ」
城島さんが急に顔をゆがめた。
「真島くん……もしかしてオレ、自分の夢の話した?」
「……はい」
「それで同じようなの見てるとか?」
「……はい」
「それで、眠れない?」
「それだけじゃないとは思うけど」
「そりゃあ……ごめんね」
城島さんはオレの顔を見て本当に申し訳なさそうに言った。
「いや」
「ホントにごめん。この間オレ、久しぶりに仕事以外でちゃんと人と話したから。かなり酔っぱらってたし」
あれで?オレには全然酔ってるように見えなかった。
「つい調子に乗って自分のことしゃべりすぎた。反省してたんだ。そうか……ごめんね」
「いや。城島さんのせいじゃないです」
「オレにシンクロしちゃったんだね。っていうかさせちゃったんだよなオレが。それを覚えてないって……ホントにごめん」
城島さんは頭を下げた。
「いや、そういうんじゃないです多分。オレの潜在意識っていうか、灰谷への罪悪感っていうかが、こう~」
「真島くん、この間のはただの酔っぱらいの、たわ言だと思って忘れて欲しい」
城島さんはオレの目を見て言った。
「君はオレとは違う。オレみたいに深刻にならない方がいい。大丈夫。時間が解決してくれる。そうだな、あと二~三年も経てば状況が変わる。君なら大丈夫」
城島さんが立ち上がった。
「ごめん。オレとはもう関わらない方がいい」
城島さんは背を向けて歩き出した。
突然の城島さんの言葉にオレは戸惑った。
城島さんが言ったように城島さんとはもう会わないほうがいいのかもしれない。
そう思った。
でも……。
気がついたらオレは城島さんの後を追っていた。
「城島さん」
城島さんが振り向いた。
「責任、とってください」
「え?」
ともだちにシェアしよう!