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第34話 モテ期?
パチンッ。
バイトになるとスイッチが切り替わる。
「いらっしゃいませ~。あ、渡辺さん、こんにちは~。いつものですね。多田さん、レジお願いします。ちょっとバックルーム行ってきます」
「は~い」
渡辺さんは近所に住むおじいさんで夏の間は決まって三日に一度スポーツドリンクの常温500mlを十本づつ買っていく常連さんだ。
1.5Lを買っていった方がお得だと思うのだが、500を一本づつ飲むのがいいという。
「お待たせしました~」
バックルームに用意してあるのを持ってくると多田さんと渡辺さんがオレを見てなんだかニヤニヤしている。
「なんすか?」
「真島くん、君、モテるね。僕の若い頃みたいだ」
「?」
「真島くんに渡してくれって」
多田さんが差し出したのはカワイイ封筒に入った手紙。
「はあ」
またか。
「最近よく来るあの、ちょっとぽっちゃりしたカワイイ子。ほら、必ずチュッパチャップス買っていく子」
「ああ」
会計の最後にレジ横に置いてあるチュッパチャップスを一つ、必ず追加する女の子だった。
昨日はなぜか追加しなかったから、「コレはいいんですか~」と何気なく声を掛けてみたら、「あ、はい!」と言って少し顔を赤くして追加してくれたんだった。
ムリに買わせちゃったかなと思ってたんだけど。
もしかして前フリだったのかもな……。
「なんだそっけないなあ。真島くんは彼女とかいないのかい?」
「いませんね」
「そうか。イイ男なのにもったいないなあ」
「イイ男じゃないし、もったいなくないっすよ、渡辺さん」
「こら、真島くん、渡辺さんじゃなくて渡辺様でしょ、失礼よ」
多田さんに注意される。
「あ、すんません。そうですよね」
「いいよいいよ。様なんて気恥ずかしいよ。真島くんはいつも元気でテキパキして気持ちいいから、そりゃあモテちゃうよな」
「そんなことないっす」
「そんなことあるっす。いつもありがとっす」
「ハハハ」
田中さんの若者言葉に場が和んだ。
「ありがとうございました~」
「ねえ真島くん」
「はい?なんすか多田さん」
「シフト、替わって欲しかったらどんどん言ってね」
「え?」
「ずいぶん替わってもらっちゃって助かったし、真島くんも夏休みなんだから遊びたいでしょ」
「ん~」
「灰谷くんと明日美ちゃんなんてデートばっかりしてるじゃない。今日は映画だってよ。灰谷くんが行きたがってたからって明日美ちゃんニコニコしてたわよ」
あ~この間言ってたやつか。
やっぱ明日美ちゃんと行くんだな。
「真島くんもデートしてきなさいよ」
「いやあ~相手いないし」
「またまた~。さっきの手紙もだけど、最近なんか若いお嬢さんたちに声掛けられてるじゃな~い」
「若いお嬢さんって……」
実はそうだなのだ。
なんだかわからないが、世間一般で言う所のモテ期みたいなのだ。
とにかく働いていると何かと女性客に声をかけられるし、たまに冗談なのかなんなのか誘われる。
今日みたいに手紙とか、LINEのIDを書いたメモを貰ったりとかも。
「真島くん、灰谷くんの影に隠れてたけど元々イケメンでカワイイし」
そうかな。灰谷と明日美ちゃんがくっついちゃったから、そばにいたオレに目が行ってるだけだと思うんだよ。
多田さんはオレを上から下まで舐めるように見ると目を細めて言った。
「特に最近なんか色っぽいし、真島くんがその気になればいい子、いくらでもいるでしょ」
色っぽい?オレが?どこが?マジで?
「おばちゃん十年若かったら襲っちゃってるわ」
「襲うって」
「あら知らなかった?肉食女子なのよ私。丸かじりよ」
「旦那さんいるじゃないですか」
「あら、デザートは別腹よ」
「こえー。あ、いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ~」
常連さんやパートさんと、にこやかに話をする。
テキパキとレジをさばき、商品を陳列し、補充する。
このところ仕事が良くなったと評判のオレ。
その上、色っぽくなってモテ期らしい。
自分ではわからないけど色っぽいうんぬんは、もしかしたら城島さんとのセックスのせいかもな……。
今日もこの後、会うことになっている。
灰谷は明日美ちゃんと映画か……。
決められたルーティーンをこなし、当り障りのない会話をし、城島さんと寝るのは、灰谷が明日美ちゃんと過ごしている時間を想像するより、どうにもならない思いに胸を焦がすより、ずっと簡単だった。
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