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第35話 手を伸ばせば届く距離
城島さんと過ごしても泊まることはなく、必ず家に帰った。
外泊するならどこに泊まるのか、家に連絡しなきゃならなかったし。
中田あたりに頼めば全然大丈夫そうだったけど。
それよりも、バイトバイトで断るオレにシビレを切らせたのか、母ちゃんの手料理が恋しくなったのか、ここのところ、デートやバイト帰りに灰谷が押しかけて来るようになった。
バイトのシフトがいっしょの前の日なんかは特に。
迎えに来るの、めんどくせーとか言って。
そして泊まっていく。
まるで夏休み前みたいに。
嬉しくないと言えばウソになる。
灰谷の訪問を母ちゃんは喜んで夜食だと言ってはあれこれ作って食べさせようとする。
その日も夜食攻撃が落ち着いて、オレの部屋でゲームなんかして、で、明日もバイトだしもう寝ようぜってことになり……。
毎回「一緒のベッドでいいぜ」と、灰谷は言うけれど。
「灰谷デカくて窮屈だから」とベッドの脇に布団を敷いた。
灰谷がよくても、こっちが困る。
「なんか真島ともあんま遊んでねえな~」
布団の上で長い手足を伸ばして灰谷が言う。
「だからってあんま遅くに押しかけて来んなよ」
「そうでもしねえと遊べねえじゃん」
「アスミルクと遊べ」
「アスミルクやめろ」
灰谷はオレたちが明日美ちゃんの事をアスミルクと言うと必ず律儀にツッコミを入れる。
「つうか会ってるよ、明日美ちゃんとは」
そうか。会ってるんだ。
……つうか、いま灰谷、明日美ちゃんって言ったか?
高梨さんって言ってたのに?
まあオレは明日美ちゃんって呼んでたけど。
でも……呼び名が変わるって……。
「はあ~」
「なんだよ。なんのため息だよそれ」
あ、モレちゃってたか。
「なんでもねえよ。ところでその後、どうなのストーカーもどき」
「ん、今のところ大丈夫みたい。ただ明日美ちゃんはな。昼間はいいけど夜が。まだ一人になるのがちょっと怖いみたいだな」
「ふ~ん。カワイイと大変だよな」
「ん~。つうかオマエは?」
「何?」
「バイト少しは余裕出てきただろ。多田さんも帰ってきたし。それなのにいなかったり、帰るの遅かったりしてんじゃん」
「ああ~」
「今日だってそうじゃねえの。オレ、来る前にこれでもちゃんと電話したんだぜ。電源切れてるし。デートだろ?」
「ちげえよ。充電切れただけだし」
城島さんと会ってる時はスマホの電源を落とすようにしている。
オレだけが誰かとつながっているのが、何もかも捨てた城島さんに悪いような気がして。
「んじゃ、どこ行ってんだよ」
「どこだっていいだろ。オレの母ちゃんか」
「節子じゃねえわ」
「知ってるわ」
「怪しいなオマエ」
「怪しくねえわ」
「……まあいいけどさ」
少しスネた様な声。
ヤキモチ?……じゃねえか。
こうやってうちにまた来るようになったのも、ただ単に明日美ちゃんと落ち着いてきたって事だろうしな。
灰谷とオレの部屋で二人きり。
手を伸ばせば届くところにいる。
落ち着かねえ。
♪~
灰谷のスマホから通知音。
「何?明日美ちゃん?」
「ん~」
「毎日来んの?おやすみLINE」
「ん~まあ」
「おはようも?」
「ん~。めんどくせえけどな」
おはようからおやすみまで。
一日の始まりと一日の終りに言葉を交わす。
いいな。
なんか……いいな。
恋人同士っていいな。
はあ~。
遠いなあ。
カラダの距離は近いのに遠いよ。
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