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第36話 夏の思い出

「なあ昔さ~中学生の時、遠出したことあったじゃん」 「あ~?」 灰谷が急に話し始めた。 「チャリでどこまで遠くまで行けるか行ってみようって。海行こうって」 「ああ……そんなこともあったな」 「あれ、夏だったよな」 そう夏だった。 ミンミンと蝉しぐれの降る、暑い暑い夏だった。 夏の時間を持て余したオレたちはチャリで走り出した。 焼けつくようなアスファルト。車の排気ガス。 照り返す日差しの中、ひたすら海を目指して自転車を漕いだ。 よく熱中症で倒れなかったもんだ。 「んでさ、海なんていつまでたっても見えてこなくて、結局はじめての商店街ブラブラしてさ」 「そうそう」 「腹減った~って吉牛食って」 「おう。マックじゃなくて吉牛のカウンターで食べてみようぜっつって」 「卵もつけちゃおうぜ、みたいな」 「そうそう」 次々と記憶が蘇ってきた。 「で、ゲーセンで高校生にカツアゲされそうになったじゃん」 「ああ。あれはビビった。今だったら灰谷の方がデカイからなんてことないんだろうけど。中坊にはさ~」 「オレらすんげえ速かったよな、逃げ足」 「おお。心臓バクバク。で、逃げ切って笑ったよな」 「ああ。あれなんなの。なんか爆笑したな、二人で」 「おう。恐怖も度をこえるとウケるのな」 「あったあった」 オレたちは思い出して笑った。 「あのあとカツアゲ高校生ず~っとゲーセンにいるからチャリに近づけなくて全然帰れなかったな」 「おう。やっといなくなったと思ったらもう夕方、つうか夜で。帰り道でケンカしたじゃん」 「そうだっけ」 「そうだよ灰谷すんげえ機嫌悪くなってさ」 「だったかな~。オレの中では楽しいで終わってんだけど」 「記憶力ねえなあ」 「なんかさ、こないだ自転車漕いでたら急に思い出してさ。あの頃は楽しかったなってさ」 「ああ。だな」 あの時はあれが永遠に続くもんだと、いや、そんなことさえ考えもしなかった。 未来も過去もなくて「今」しかなかった。 「今」を生きていた。 「今」を生きているはずのオレは、いつの間にか、過去を懐かしむことを知り、起こりうるかもしれない未来を想像して怖がっている。 いつから「今」以外に縛られるようになったんだろう。 城島さんの姿が浮かんだ。 過去を断ち切って「今」を生きる。 一番大事なものだけをつかんで。 いや、ある意味一番過去に縛られているとも言えるか? 縛られたいのかもしれない。 「明日美ちゃん、どうよ」 オレは一番聞きたかったことを灰谷にストレートに聞いてみた。 「どうって?」 「いや、彼女ってどうかなと思ってさ」 「めずらしいな、真島がそんなこと聞くの」 「で、どうよ」 灰谷は腕を組んで天井を見つめた。 「ん~カワイイよ。なんか一生懸命で。オレといると嬉しそうだし」 「で、灰谷オマエは、どうよ」 「オレ?んあ~。ん~、まあ、そうだな、ぶっちゃけ時々めんどくせえ。女って何考えてるかよくわかんねえし。それが面白いのかもしんないけど。中田とかよくやってるよ。中学からだろ」 オレが聞きたいのはそんなことじゃない。 「で……あっちはどうよ」 「あっち?」 「セックス」 「ああ……いいよ。慣れてきたし。気持いいし」 やっぱヤってんだ。まあ当然だな。 「ふうん」 「オマエは?本当はいるんだろ」 なんでわかるんだ。 「正直に言えよ。オレも言ったんだから」 「……いる」 「どうよ」 「いいよ。あっちがうまいし」 「年上?」 「うん」 「どこで知り合ったんだよ」 「コンビニ」 「バイト先の?」 「いや、ちがう」 「ナンパか?」 「みたいなもん?」 「もしかしてオマエがしたの?」 「まさか。されたようなもん……かな」 「ふうん」 オレたちはしばらく黙っていた。 お互いにいろいろ想像していたんだろう。 「いい女?」 しばらくしてポツリと灰谷が言った。 「うん。やさしい人だよ」 オレは答えた。 ……女じゃないけど。 「へえ~。オマエとこういう話したの初めてじゃねえ」 「そうだな」 「今度オレに見せろよ、その人」 「やだ」 「なんでだよ」 「見せるようなもんじゃないし」 「なんだよその言い方。相手に失礼じゃん」 「いや、その……セフレみたいなもんだから」 「……そっか」 灰谷はしばらく黙っていた。 「……つうかオマエ、本当に好きなやつとしか付き合わないとか言ってなかったっけ」 「付き合いたいって言ったの。付き合えないんだからしょうがねえだろ」 「何、真島、オマエ好きなやつ、いんの?」

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