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第41話 こういうのがいい。こういうのでいい。
「佐藤がさ、今日オマエ見たって」
「佐藤?どこで?声かけてくれればよかったのに」
「ホテル街で」
ピシッ。
心臓に一瞬にしてヒビが入った。
灰谷がオレを見ている。
強い視線を感じる。
背中を向けていて助かった。
ジーパンを脱いでジャージに履き替えながらオレは平静を装って聞く。
「へえ~。佐藤そんなとこで何してたの」
「それはどうでもいい。オマエ、オレになんか隠してねえか」
「なんだよそれ」
「つうか、こっち向け」
ふ~。
灰谷に気づかれないように小さく静かに息を吐くとオレは覚悟を決めて、ゆっくりと振り返った。
灰谷がオレを見つめている。
隠してること。
あるよ。
知ったらお前が引いちゃうようなこと。
オレ、男と寝てるよ。
んで、オマエのこと……。
灰谷が口を開いた。
「オレはオマエがなんだって構わないよ。オマエがオレの一番の親友だってのは死ぬまで変わらねえから」
真正面から、オレの目を見つめて、灰谷は言い切った。
ギュッ。目に涙が集中した。
ダメだ。泣くな。
オレは、爪を立てて拳をにぎり、奥歯を噛んだ。
耐えろ。耐えろ。
応えろ。応えろ。
灰谷に応えろ。
しゃべれオレ。
「……はあ?急に何言ってんだよ」
オレはイスに乱暴に腰掛けた。
しゃべれオレ。しゃべれオレ。
「ホテル街?ああ、行ったね、行ったよホテル街。それが何?オレは行っちゃいけねえの?」
「――」
今日見られたんなら、城島さんといた時ってことか……。
セフレとってのは通らないか。
オレは必死に頭を巡らせる。
「今さ、親戚の兄ちゃんがこっちに来てんだよ」
「親戚?」
「うん。なんかこっちの方に転勤が決まったって。で、その下見にちょこちょこ来ててさ。住む所探したりとか?久しぶりだからいっしょに外でメシ食おうって」
「メシ食うのになんでホテル街なんだよ」
だよな。う~ん。
「あの辺りにさ、ウマイラーメン屋があるらしいって言うから」
「ラーメン屋?」
「それがみつからなかったんだよ。で、探してるうちにホテル街に迷いこんじゃってさ。それをたまたま佐藤が見たんだろ?」
「……」
「で、何?オレがホテル街にいちゃあダメだってか?今日は違ったけど、行ったことあるぜ、あの辺りのホテル。セフレと」
つけてるか?
ちゃんとウソつけてんのかオレ?
「あ~そっか~」
灰谷はあからさまに安心した顔をした。
「いや~佐藤がさ、真島が男とホテル街に消えて行ったって言うからさ」
しかし佐藤とは意外なところから来たな。
「じゃあモ~ホ~とかってことになっちゃってるわけ。サトハイの中で」
「サトハイ?」
「佐藤と灰谷」
「いやそうじゃないけど。もしかしたらそういうこともあるかもって。あ~。だって佐藤が言うからさ~。うお~正直ちょっとビビったわ」
「なんだよそれ」
「いやまあ……なあ」
「何が『なあ』だよ」
「これはオレも腹括って聞いてみるしかねえなあってさ。あ~ビビった~」
「ビビってんじゃねえよ。『オマエがオレの一番の親友だってのは死ぬまで変わらねえから』。マジメな顔しやがって」
笑え。
笑え、オレ。
「ギャッハッハ。ウケる~。あ~涙出てきた。オマエらホントバカな、サトハイ。あ~、中田に電話しよ」
「やめろ。中田には言うなって。一生ネタにされる」
「されろされろ。あ、中田、オレ。オレオレバナナオーレ。聞けよ今な……」
*
「真島~。ごめ~ん」
中田とやって来た佐藤がオレに手を合わせる。
「なんだよう。オレモ~ホ~なんだろ。ケツかせ佐藤」
オレは佐藤をベッドの上に押し倒して足を持ち上げた。
「やめろ~。服の上から肛門さわんな~」
「ヤっちまうぞ~」
「ぎゃ~犯されるぅ~」
「童貞卒業まえにオマエの後ろ処女奪ってやるよ」
「うわ~それはイヤ。やめて~」
「ホレ、ホレ」
佐藤のケツに股間をグイグイ押しつけてやった。
「やめろって~」
「良かったな佐藤~。これおみやげな」
「中田、何?」
「たこ焼き」
中田がたこ焼きをテーブルに広げる。
「お~ウマソー」
「なんか大変だったみたいだな、灰谷」
「聞いてくれよ中田。佐藤がバカなんだよ」
「オレはバカじゃない~」
「バカじゃねえよな。童貞だよな佐藤」
「もう~みんなでオレのことバカにしやがって~」
「あったかいうちに食おうぜ~」
「ウーイ」
「オマエは食うな佐藤」
「なんでだよケチ中田」
久しぶりにサトナカマジハイ、四人で騒いだ。
たこ焼き食べてあれやこれや話して。
楽しかった。
こういうのがいい。こういうのでいい。
オレはこうやって灰谷のそばにいられればいい。
いっしょにバカやってられればいい。
その時は本当にそう思ったんだ。
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