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第60話 押し寄せた感情

カラオケボックスに結衣ちゃんと二人。 シブる結衣ちゃんを引っ張って連れてきた。 歌ってりゃ間が持つし、オレ、カラオケはキライじゃない。 オンチだから歌えないという結衣ちゃんは、「真島くんの歌聞きたいな」と言う。 オレはテキトーに曲を突っこんで何曲か歌った。 結衣ちゃんは本当に嬉しそうに聞いているが、自分の歌う曲を選ばない。 「結衣ちゃん、そろそろどう?」 結衣ちゃんはモジモジした。 「真島くん、あたしね、本当に本当にオンチなの」 「別にいいよ。歌うのって気持よくない?」 「そうだけど」 「気にしなくていいよ。佐藤とかもムチャクチャ下手だけど気にしないで気持ちよさそうに歌ってるよ」 「う~ん。佐藤くんのレベルがわからないけど、あたしのは相当にヤバイレベルなの」 「とりあえず、1曲歌ってみ?」 「ゴメン、ちょっとお手洗い行ってくる」 と、出ていってしまった。 逃げたな。 こんだけシブるってどんななんだか逆に興味をそそる。 自分で思ってるだけで意外とそうでもないと思うんだけど。 高音が出ないとかだろきっと。 結衣ちゃんは中々帰ってこない。 とりあえずなんか流しとくか。 あ、そうだ。 さっき目についたミスチルの「しるし」を入れてみよう。 そうそうピアノから始まる。 ♪最初からこうなることが 決まっていたみたいに  違うテンポで刻む鼓動を互いが聞いてる 画面に流れる歌詞を目で追った。 うん。ほら頭から歌詞がヤバイ。 ♪どんな言葉を選んでも どこか嘘っぽいんだ  左脳に書いた手紙 ぐちゃぐちゃに丸めて捨てる  心の声は君に届くのかな? 沈黙の歌に乗って  ダーリンダーリン ――その感情は突然押し寄せた。 余計なこと考えないようにバイト目一杯入れたり、城島さんと寝たり、結衣ちゃんとデートしたり。 それなのに……。 一人でカラオケボックスにいる時に。 ――灰谷。 ――灰谷。 ――灰谷。 顔、見たい。 声、聞きたい。 灰谷! なんでオマエ、今オレといないんだよ。 オレ、なんで今、灰谷といっしょにいないんだよ。 なんだ?この理不尽なまでの怒り。 つうか淋しさ? はあ~。 オレは拳を握りしめて机に顔を伏せた。 オレはこれから何度、心の中でこの名前を呼ぶんだろう。 こんな思いにとらわれるんだろう。 心臓イタイ。 メロディーラインを強調したボーカルのない安っぽい演奏が流れ続けている。 曲に合わせて歌詞が頭の中で流れる。 あ、ここ好き。 オレはつぶやくように声を出す。 ♪泣いたり笑ったり不安定な思いだけど それが君と僕のしるし ♪ダーリンダーリン いろんな角度から君を見てきた 共に生きれない日が来たって どうせ愛してしまうと思うんだ ダーリンダーリン Oh My darling 狂おしく鮮明に僕の記憶を埋めつくす ♪ダーリンダーリン 泣きそうになる。 そう。 どうあらがっても、オレは灰谷の事をどうせ好きになってしまったと思うんだ。 そして今、狂おしく鮮明にオレの記憶を埋めつくすのは灰谷の姿なんだ。 切なさに打ちのめされて、なんだか甘い気持ちすらこみ上げる。 灰谷を思う時に付きまとうその胸の痛みがオレの感じる超リアルだったりもする。 同じようなこと、城島さんが言ってなかったか? 「これはだからさ、痛みと恐怖が結びついて快感に、生きてる実感をもたらしてくれるってやつだね、きっと」。 ああ。こういうことか。 もしかしたらオレと城島さんは根っこが似ているのかもしれない。 二人とも究極のロマンティストで狂ったマゾヒストなのかも。 マゾ……。 いやどっちかっつうと究極のナルシストか。 切な痛いラブソング聞いて自分の胸をえぐって酔っ払うバカ一人。 曲が終わった。 はあ~もう……イヤんなる。

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