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第61話 女の子とのキス
それにしても……結衣ちゃん遅いな。
帰っちゃったとか?
電話する?
その時、ガチャッとドアを開けて結衣ちゃんが帰ってきた。
「遅かったね」
「あたし、歌うね」
「うん」
結衣ちゃんは覚悟を決めたみたいな顔をしていた。
「何歌うの?」
「あのね、少しはマシに歌えるかなってやつにするね。YUIの『CHE.RR.Y』って曲知ってる?」
「あ、知ってる」
結衣ちゃんだけにYUI……ね?
「がんばってみる」
いやいや、別にがんばらなくても。
イントロが流れ出した。
オレは結衣ちゃんにマイクを渡す。
結衣ちゃんは不安そうな顔でマイクを受け取ると緊張した顔で両手でマイクを掴み、カラダでリズムをとる。
大きく息を吸って歌い始めた。
♪手のひらで震えた それが小さな勇気になっていたんだ
!!!
なんだこの棒読み。
♪絵文字は苦手だった だけど君からだったら ワクワクしちゃう
す……すげえ!お経?
結衣ちゃんは眉間にシワをよせて一生懸命歌っている。
顔に似合わず絶品にオンチな結衣ちゃんの歌声だった。
♪かけひきなんて できないの
オレは地を這うような低音と絞め殺された鳥のような高音のコンボににふつふつと、こみ上げる笑いをこらえた。
しかし、それは次の瞬間はじけとんだ。
♪好きなのよ~ah ah ah ah
なっ何?オットセイ?発情期のオットセイ?
♪恋しちゃったんだ たぶん 気づいてないでしょう?
オレはとうとう吹き出した。
必死で歌い続ける結衣ちゃんを尻目にオレは笑いが止まらなかった。
「ひゃっひゃっひゃっひゃっ」
好きなのよ~ah ah ah ah
顔を真っ赤にしたオットセイがオウオウ前ヒレを叩く絵が浮かぶともうダメだ。
ダメだ。耐えられない。
痛い。腹が痛い。
ヤバイ。ツボに……ツボに入った。
オレの笑いが止まらないので結衣ちゃんは歌うのをやめてカラオケを切った。
「何~なんでそんなに笑うの~」
「いや、結衣ちゃん、すんげえわ。ハハ。腹筋痛え」
「ひど~い。これでもよくなったほうなんだけど~」
「これで?くくく。あ~腹痛え。それってマジだよね。ウケ狙いとかじゃないよね」
オレは涙を流す。
「正真正銘マジ歌いだよ~」
「すげえ。最高。ハハハハ。佐藤だってここまでひどくないよ。原曲全然ないじゃん。はじめはお経……くくく……で、最後にオットセイ出た。オウオウオウって……。痛い痛い腹痛い」
「ひど~い。だからオンチだって言ったのにぃ~歌わせたの真島くんじゃん」
結衣ちゃんがむくれた。
「ハハハハハ。悪い悪いツボに入っちゃって……。ハハハハハ」
気がつけば結衣ちゃんがオレを見つめていた。
ありゃ、笑いすぎたか?
「ごめんごめん。怒った?」
「怒った。でも、真島くんがそんなに笑ってくれて……ちょっと、嬉しい」
あ、ホントに嬉しそうな顔。
オレのこと、そんなに好き?
自分に向けられる好きという感情。
わかりやすいね。
そんなにわかりやすいと、つけこまれちゃうよ。
オレみたいなのに。
手を伸ばして結衣ちゃんの頬にそっと触れた。
ピクリとカラダが震えた。
オレは目を見ながら顔をゆっくりと近づける。
逃げない。
チュッ。ついばむようにキスをした。
チュッチュッ。
結衣ちゃんは目を閉じて身を固くしている。
顔を両手で挟みこむ。
小さいな。
小さい顔小さいアゴ。
城島さんとは、男とは……違う。
なんだろうふんわりって感じ?
そう、なんだか全体に壊れそうなんだ。
上唇下唇全体と包みこむように口づけた。
結衣ちゃんの唇は柔らかい。
夢中で受け止めている結衣ちゃんの顔。
スカートの上でキュッと握られた小さな手を上から包み、口の脇を親指と中指でキュッとはさむ。
口が少し開くから舌を滑りこませた。
とまどって後ろに引く頭を優しく抱えこみながらカラダを引きよせる。
奥へ逃げる結衣ちゃんの舌を追いかける。
されるがままだった結衣ちゃんの舌が、次第にオレの動きに応えてくる。
腕がオレの背中に回された。
体温のあがったカラダ。
バクバクしている心臓の鼓動。
柔らかいカラダの感触。
男とは違う。
互いの力をぶつけ合うようなガッシリとした骨も筋肉も力強さもなかった。
そう、まるでマシュマロだ。
唇を離すと結衣ちゃんがゆっくり目を開けた。
その頬は赤く染まり目がうるんでいる。
あれ?これ、もう少し押せるかな?
「もっとくっつける場所、行く?」
「え?」
結衣ちゃんは、うつ向いた。
早かったか。まあいいけど。
「ごめん……なんか……」
「うん、行く」
結衣ちゃんは小さな声で言った。
あらら。
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