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第75話 痛いよ
「本当に一人で大丈夫?駅まで送ろうか」
帰るという結衣ちゃんに玄関先で声をかける。
「ううん。大丈夫。真島くんこそ、あっちこっち痛くなるかもしれないから、そしたら、ちゃんと湿布とか貼ってね」
「うん」
「真島くん」
「ん?」
「灰谷くんと仲直りしてね」
結衣ちゃんはいい子だ。
「うん」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
結衣ちゃんの唇に軽くキスをする。
こういうことにも慣れた。
ガランとした居間。
灰谷と明日美ちゃんはもういない。
当たり前か。
あんなの見せちゃったんだし。
居間の床はきちんと拭いてあり、洗ったタオルがイスの背に干してあった。
明日美ちゃんか、灰谷か。
ソファの背にカーディガンが、かかっていた。
灰谷が着ていたやつだ。
忘れていったのか。
カーディガンに袖を通す。
大きい。
何年か前までは同じサイズだったのに。
灰谷……。
カラダを抱きしめる。
灰谷のニオイだ。
灰谷のニオイがする。
灰谷。
灰谷。
灰谷
まるで抱きしめられているみたいだ。
オレを見ていた灰谷の顔、目を思い出す。
急にカラダのあちこちが痛んで熱を持ちはじめた。
灰谷の手が、足が、オレのカラダにつけた痛みだった。
痛いよ。痛いよ。痛いよ。
灰谷、好きだ。好きだ。好きだ。
辛いよ。
苦しいよ。苦しいよ。苦しいよ。
オレは灰谷にくるまってゴロゴロと転げ回った。
*
家に一人でいられなかった。
フラフラと外に出て、あてもなく歩いた。
何やってんだろオレ。
結衣ちゃんに何させてんだ。
灰谷に何見せてんだ。
どうしようもなくなって、オレは城島さんに電話する。
「もしもし城島さん?」
『ただいま電波の届かないところにいるか、電源が入っていないため……』
城島さん、なんで出ない。
どうしてこんな時にいてくれないんだ。
城島さんと連絡が取れなくなって二週間が過ぎていた。
オレは怖くて城島さんの部屋にも行けない。
あの何もない部屋が本当に空っぽになっていたら?
オレはこれからどこへ行けばいい。
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