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第94話 ときめく?ときめかない?

ときめく?ときめかない? ときめく?ときめかない? さっきからこの言葉を三秒間隔で唱え続けている。 「チーッス。真島~」 開け放したドアから灰谷が顔を出した。 「オマエ、何やってんの。泥棒にでも入られたか?」 オレはモノが散乱した部屋で洋服の山を前に乙女になっていた。 「ん。掃除。いらねえもん全部捨てようと思って。ほら、あれ、なんだっけ。銀シャリ、じゃなくて」 「あ~断捨離?」 「そうそう断捨離。ミニマリズムってやつ」 「ミニマリズム!オマエ、モノ捨てられないじゃん」 「だ~か~ら~。それをやろうとしてるんじゃんか」 「なんで急に。座るとこねえんだけど。とおっ」 灰谷はかろうじてモノが少ないベッドの上の空きスペースにひらりと飛んだ。 「おっ、そうだ灰谷。そこらにあるマンガ、欲しいの持って行っていいぜ」 「マジ?おっ、ワンピース。ハイキュー!もある。いいの?」 「うん」 「売ったほうがいんじゃねえ?」 「んあ~。まあそうだけど。たいした額にならねえし。逆にオマエんちにあればいつでも読みに行けるしな」 「オレんちをマン喫にしようとしてんな」 「バレたか」 「まあでも、もらって行こう」 灰谷がマンガの山を漁り始めた。 さてさて、オレはまた乙女になろう。 洋服の山を前に腕組みするオレにさっき母ちゃんが授けていったのが、「信よ、乙女になれ」というありがたいお言葉だった。 つまり、三秒以内に、それがときめくか、ときめかないかを直感で判断する。 ときめかないモノは処分する、という整理術だった。 オレはもともとモノが捨てられないタチだ。 そんなんでいいの?というオレに「考えすぎるからダメなんだって。直感。直感で選んで執着を捨てるのが大事なんだって」と母ちゃんは言った。 執着を捨てる……か。 それ、今のオレには大事かもな。 これまた修行……。 じゃないけど、とりあえず手近な所から、思い切ってやってみることにした。 ときめく?ときめかない? ときめく?ときめかない? 洋服をふり分ける。 ときめきを問い続けるのって意外と疲れるよね。 オレのときめき感が試されるわけだし。 って、だから三秒なのか。 反射神経だな。 これ、ときめくをなんか他の言葉に置き換えられないかな。 ワクワクする?とか? でもやっぱ、ときめきとワクワクは微妙に違うんだよな~。 ふう~。疲れた。 逆にこの部屋の中でときめくモノって何だろう。 オレは部屋を見回しながら考える。 ん~と。 1・2・3。 あるじゃん。目の前に。 灰谷はベッドの上でうつ伏せになり、長い脚を伸ばしてマンガを読んでいた。 裸足の足の裏。 ハーフパンツからのぞくふくらはぎ。 意外とガッチリしたモモにケツ。 色気のある背中。 ときめく~。 ――こいつさえいれば、他のモノなんて何もいらないんだけどな。 灰谷はカラダを起こして、壁に背をつけた。 締まった腹。 オレより太い二の腕。 長い指。 そんでシュッとした顔。 この顔、好きだな。 入りこんでる灰谷の顔。 ときめく~。 乙女全開。 オレの視線に気がついたのか。 灰谷が顔を上げてこっちを見た。 「どした?」 「別に」 オレは顔をそらす。 「手、止まってね?」 「うん」 でも、このときめきは手に入らないから。 絶対に手に入らないから。 だから余計にときめくのかもしれない……。 きっとそうなんだ。 なるほど。これが執着か。 ああ、ダメだオレ。 ダメダメだ。

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